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2012年2月17日 (金)

文字数の多い漢字

朝の気温1度、まあまあか。小雪がちらついている。今日も何んとも言えない空模様か。
9時過ぎには雲間から薄日がこぼれてはいるのだが。

今朝起き抜けにパソコン雑誌を眺めてると、”ことえり”の使い方が詳しく書いてある。
先月だったかブログに書き載せるのに、芷江作戦の”芷”の字が出なくて困った、仕方なく”シ江作戦”として表記した。支那派遣軍が唯一支那軍に大敗した最後の作戦であり、その後2ヶ月後には終戦になったから、うやむやにされてしまった。
終戦が後数ヶ月も遅かったら、私の部隊も彼等の包囲網の中で袋の鼠となり、命を失って居たかもしれない。
私個人にとっても重要な作戦であった。

この本に書いてある通り探してみると、やはり漢字の中にはちゃんとこの語彙はあった。ことえりが標準では表記出来ないだけの話であった。便利なようでも当用漢字などという制度が出来て、こんな実際に使われている漢字でも無視されることが屢々あることに気づく。


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河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その37)

30、鴨緑江を上って水豊ダムの奥地に

7月X日朝、船着場には思いの外多数の日本人男女が集まっていた。別れを惜しむ家族の見送りは女性組が多かった。小さい風呂敷に身の回りの品物をつつんだ私達男の方は見送りもなく、行くのなら早く出発しようと、なるようにしかならない現境遇を苦笑いしながら、Nという八路軍の日本人指導員の引率で船に乗り込んだ。昨日市場で逢った小母さんも見送りの中にいるに違いなかったが、遂に逢えなかった。
”小母さん、約束は約束として果たしますよ”舷から見送りの群衆に呟いた。

船と云ってもジャンクが3隻準備されていた。男子が一隻、数の多い女子が2隻に分乗した。
やがて帆が張られると、船は静かに速度を増して河上へと鴨緑江の流れを遡って進んで行った。

ジャンクで遡る鴨緑江の船旅気分は満点だった。こんな境遇でなかったらさぞや楽しいものであったろう。真昼の暑い日差しが、夕暮れながら涼しい河風に変わって快い。鴨緑江がこんなに広いものだとは思いもしなかった。4日目だったか、やっと上流に着いたが、この船旅にもいろんな思い出が残った。

安東を出発して2日間上流に向けて走り続けたところで、風が無くなり船は動かなくなってしまった。そしたら船を河岸近く寄せて、船頭達は船にロープを夫々縛り付け、河岸に夫々ロープを持って飛び降り、一斉に掛け声ともに河上に走るように船を引っ張って行った。
これにはびっくりした。隆々たる船頭の黒光りする肉体が躍動して船が徐々に進むことも、私には初めての眺めであった。

船旅での苦しみは男達より女達に酷だった。男達に取って何でもない船の上でのトイレがそうであった。午前と午後に1回船を休止させ、小舟で川岸に着けて用便を済ます仕組みであった。
小舟の彼女等は一斉に草むらに散って行くのだった。船にはトイレは無く、夜は数人で船端に毛布を握って交互に身体を隠しているのが私達の船から見受けられた。女性とはこんな所でも苦労しているかと思えば、見てはならないものを見たようで気の毒な思い出いっぱいだった。

私達は有名な”水豊ダム”の下に到達した。ここはダムの流水下降の小部落で、絶えず轟音を立てて落下する水の騒音と、飛び散る飛沫の中に点在する行き止まりの村であり、船の遡行もここまでであった。前方行方を遮るように聳え立つダムの巨大な構築物の影にうずくまっている黒い影の村、それはこれからの私達の将来を占うかのように不気味に感じられた。

船着場で船を降りた私達は、小休止の暇もなくダムに向かって左の方向に部落を通り抜けて、坂道を登りダムの水面に出た。反対側の中腹にダムの調整操作室らしい建物と、社宅らしい住宅が続き子供の遊んでいる様子が見えた。山上に出た私達は、このダムを支えている水量の豊富さに驚いた。

満々たる湖水は今まで見た事もない様な膨大な洋々たる湖であった。巨木の最上部らしい枝枝が水面に見えるのも、湖水の深さ、規模の大きさを示していた。
湖面ですれ違ったソ連軍の若い兵士が、銃を片手に無表情に私達の前を通り過ぎた。やはりこのダムはソ連の支配下にあるのかと思えば、忘れようと努力していたソ連軍への感情が高まり行くのは当然の事であろう。戦争とはいえかっての日本の努力の粋が無造作に敵国の支配に委ねられるとは、暗澹たる気持ちになったのは私ばかりではなかったと思う。

またここから数隻の小舟に乗って湖水を遡って行った。もう方向は判らない。午後の太陽が照りつけていてもそう暑さを感じない。涼しい風が吹き抜けて行く湖面を、静かに舟は進んで数時間でとある船着場に着いた。夕闇が迫っている田舎道を歩く事10分位で目的地であるT村に着いた。(つづく)
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