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2012年2月19日 (日)

カープの選手は皆原石から磨かれる

朝の気温−3度、冷たい。時期的には一番寒い時期だから仕方がない。
しかし太陽が近づいているだけに、日が射し始めると部屋の中はどんどん暖かくなる。日の力が違う感じである。

昨日のカープ対巨人のオープン戦はカープが8−3で勝った。早くも栗原や岩本など主力が好打して頼もしい。
先発した中崎と云うピッチャーは私は知らない。この時期の新人の活躍は当てには出来ないが、若手は質、量的に今年は期待出来るのでは。
就中、野村には多いに期待している。甲子園の決勝で佐賀北高校に4点もリードしていた最終回満塁ホームランを打たれて敗戦投手となり、甲子園何度目かのチーム優勝を逃した広陵高校のその時の投手である。奮起して東京6大学でも全国大学でも優勝を果たした。その精神力は並みではない。
甲子園の劇的敗戦からもう4年も経つのか、カープをどうか背負って欲しい。

カープも衣笠、山本が去ってから優勝には縁がない。なんとか英雄が欲しい。チームといっても所詮はそのチームを引っ張る2、3のリーダーである。英雄になりかけた江藤にしろ金本にしろ、金に眼がくらんだとは云わないけれど、後足を蹴って他球団に移った。
残念でたまらない。スポーツも金がなければ駄目だと云う、その風習が嫌いである。
衣笠も山本も原石から磨き上げた宝石だった。今のカープにもそれが欲しい。


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河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その39)

○小川のほとり

7月X日、夏の夜は短い。
眠れぬままうつらうつらしていた私は、東の方が白くなるともう寝る気がしなくなった。そっと布団を畳んで表へ出た。中国人って何で早く起きるんだろうと思いながら、ここの日課のようになって2町程離れた小川の畔に洗面に行く。

水田の畦道を通る時は内地の田舎の様な気がする。稲の穂がすいすいと伸び切って気持ちがよい。甲高い野鳥の声が澄み切った空気を震わして聞こえて来る。この小さな村を囲んでいる緑の山々が、朝霧の中に静かに姿を現して来た。

小川の水は冷たかった。暫し冷ややかな快感にひたってさっぱりした気持ちになった。
私は周囲を見渡した。未だ誰も来ていないと見定めると、東の方に手を合わせて黙祷を捧げた。
”お母さん、元気ですか?とうとうこんな所に来てしまいました。でもきっと帰ります。それまでは元気で居て下さい。別れて5年、お母さんも変ったでしょうね”
こう呟きながら瞼のの熱くなるのを覚えた。と今まで聞こえなかった小川のざわめきが、頭の芯に滲み渡るように響いて来た。

私が出発前に安東の市場で頼まれた光子という女性に逢ってお互い名乗ったのも、この小川のほとりであった。時折話をするようになったが、他の女性達と一緒で長くは喋れなかった。ふっくらとした愛くるしい顔で、人懐っこく好感の持てる女の子であった。

昨年8月、ソ連の参戦より1年間の慌ただしかった私達の去就も、この静かな生活で暫くは内地に帰れないと諦めながらも、表面的には平和の数日が過ぎていった。所詮は籠の鳥の様な生活でも、捕虜ではないし、云われた仕事さえしていれば、別に行動の自由はあって、家族とは離れていても友人や仲間が出来て夫々に生活に慣れようとしていた。(つづく)
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