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2012年2月20日 (月)

八十歳時代懐古

今朝もマイナス2度と未だ冷たい。天気はよさそうだ。
腹具合が少し良くない。あまり食べないのにぐずつく。風邪が少し入ってるかな。
最近の風邪は油断が出来ないからな。

昨夜はふと思いついて、12年前頃から通信フォーラムに投稿していた私のコメントなどをiPadにコピーして、寝たままで読み耽る。
案外面白い。10年一昔というが、やはり今とは大分世の中が違っていたらしい。
コメントに沢山のコメントがむさぼり付くのが面白い。今のブログはアクセスは多いがさっと横目で通り過ぎる感じである。フォーラムでは全然違っていたな。夜の更けるのを忘れてしまった。

今考えると、私の八十歳代は意欲満々、まだまだやるぞとコンピューターに立ち向かった、最高に気分の若かった時代だったかも知れない。いちいちコメントに応答している。
今はもう駄目だな、ここ2、3年の衰えは心身共に自分でもよく分かる。

昼前に内藤内科に行く。何らの異常もない。次回3月15日に心臓、腎臓の検診をするという。定例的なものである。
午後天気快晴上天気に気温もずーっと暖かくなる。


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河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その40)

○女子群について

ここで安東から一緒に来た女子群のことに触れなければならない。
徴用された女子群53名が本命であろうと思われる事は前述の通りであるが、日本女性の優しさ、博愛的な気持ちを八路軍が非常に高く買っていたのは間違いなかった。看護勤務の反面、優遇はしていないが決して粗末には扱っていないと理解出来た。年齢も17歳位より50歳までの年次に亘り、職種も前述のように旧軍人の夫人より接客譜まで様々の境遇の連中の集まりであった。みんなの総意で決まった組長の横田さんのまとめは大変だろうと思った。

八路軍の軍紀の中で、特に男女の戒律については喧しいようであり、八路軍兵士が徴用の女子に手を出す事は殆ど聞かなかった。安東市の病院勤務中に一回聞いたのは、徴用の女性が金欲しさに八路軍に身を任せたという事件で、その兵士は処分されたとの話であった。
特に八路軍では強姦は死刑と聞いていた。従って同胞の女性群を気遣う男子側の私達も、ここに居る間は同じ日本人の女性のその方の心配は必要なかった。

こんな境遇では男子のうちの独身者と、女子群の密やかな接触が発生しようとの雰囲気も濃いように見受けられた。ただ男女双方の気持ちを抑えているものは、内地に帰るまでは” との覚悟と、厳しい軍紀のためか日本人同士の男女接触を頑に拒否する八路軍兵士の眼であった。
未だ若い18歳くらいから20歳過ぎの女子の中には、全く今の境遇を無視したように無邪気に明るい女の子もいた。私達は朝夕の洗面、水浴び、散歩にあって顔見知りになって、互い冗談を言い合うようになっていった。(つづく)
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