« 人間一匹の運命なんか所詮虫けらのそれと一緒か | トップページ | 納税に真摯な国民性を見る »

2012年2月13日 (月)

同窓会報の死亡者欄

雨がしとしと降っている、いつまでも夜は明けない。
家内が珍しく、今日は疲れが取れてないから寝ていたいなどという。
年はお互い同じだけ取って行くのだが、老いの速度は人人違うのだろうから、気力の衰えとともに進みが早くなるのかも知れない。

昨夜眼鏡を床に落とした際に、ガラスが外れて転がった。探すのが面倒だったから今朝に持ち越したのだが、幸い割れていなかったので取付ける事になる。
小さなドライバが必要なので、どこにあるかこれを探し出すのに又一苦労。
道具さえあれば直せる。何となく直って使っても大丈夫なようだ。やれやれ。
何でも無い事が何でも無くなるのだなあ。

昨夜同窓会報2年分を綴じ込むのに、十冊ばかりをめくって、死亡欄を見る。同期が15人載っている。
ここに来て親しく付き合った友が多い。1名日時不明が居たが、例年3月、4月が多い。
年度替わりが、死亡時期にまで影響するのだろうか。過半数の8人がそれだった。
生存者は幾人居るのだろう、最近の綜合名簿がないから判らないが。勿論もう見る気はしない。

   ________________________

河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その33)

 ○炊事当番

男子の中から、彼等及び看護要員の彼女等の食事を担当する炊事係6人が決められた。私も希望してその中に参加した。徴用された日本人は病院勤務の八路軍関係と食事は全く別であり、私達は与えられた材料によって独自に食事を作るように命令された。私達も日本人相手の賄いに精出す方が張り合いがありと考え反って気が楽になった。

食事はトウモロコシの粉で焼いたパンが主食である。私達は”ホーミーパン”と云っていたが、作り方は原始的であって簡単である。
所謂支那鍋といわれている平鍋を竃に掛けて薪で温め、鍋の底の部分に若干の湯を残してこれにトウモロコシの粉に水を加えて練った柔らかい塊を鉄鍋の横にぶっつける。粉の塊が鍋一杯にくっついたら釜の蓋をして、更に薪をくべて加熱しながら焼くのである。
鍋の下の湯は蒸気の役目をしてパンの上部を蒸す。
間もなく火を引いて暫く置き、中のパンが蒸されているか確かめて、釜の下の湯を取捨てる。
周囲にくっついたパンの底と鍋の鉄板との接点を包丁でこさげばパンは鍋底から落ちる。このパンをカステラみたいに切って、主食として食べる訳である。

暖かいパン、出来てすぐのパンはとても美味しい。鍋と接触しているパンの下側はカリカリと煎餅みたいに香ばしい。しかし冷えると不味くなる。
副食としての材料は味噌、食油と野菜類、その他調味品である。野菜の味噌汁と油炒めが主に食卓に上がるが、米飯に慣れた副食の品数の多い日本人には寒々とした献立らしい。侘しい食事になって行くのが常であった。

炊事当番の6名は一室に起居を共にしていた。これまで全く知らなかった者同志ではあるが、軍隊下番の独身者である条件は同じ、これまでのお互いの境遇や楽しい思い出を語り合って励まし、慰め合っていた。
そんな時に、同じ建物にいる同じ境遇の女子群のこころを考えると、男と違って気の毒な哀れな気持ちになって、我が身さえ明日は判らぬのに何故か、彼女等への思いばかりが募るのであった。
(つづく)
   _______________________

|

« 人間一匹の運命なんか所詮虫けらのそれと一緒か | トップページ | 納税に真摯な国民性を見る »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/53971663

この記事へのトラックバック一覧です: 同窓会報の死亡者欄:

« 人間一匹の運命なんか所詮虫けらのそれと一緒か | トップページ | 納税に真摯な国民性を見る »