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2012年2月 9日 (木)

大型ゴミを捨て損なう

夜明けの気温マイナス3度、あちこち露まで凍っている。
今朝は大型ゴミ、有害ゴミの収集日。何日も前から準備したつもりだったが、収納袋を見ると、有料切符が一つも残っていない。電池類は白い指定袋とあるが、緑色しか残っていない。捨てるものはちゃんと集めて整理してあるのだが、肝心な事が不足して今日の事にならない。来月の第2木曜日まで預かりだ、やれやれ!
空気が汚れるからといって最近はゴミの焼却も出来ない。折角作った焼却炉も朽ちようとしている。
都会生活というのはこんな小さな街でも不便なことは少なくない。

今搭載している河北君の手記では盛んにトイレの事が出て来るが、病院勤務をしながらでも、夜間野っ原に出て星空の下で尻をまくってようを達したとあるが、私自身も作戦中は終始何ヶ月も同じ境遇で違和感はない。元来は自然とともにあるのだから。
人間多数でかたまり居るときはもう自由は本来ない。


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河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その29)

25、友との巡り会い

松山が新京に去り、私も労働仕事を止めて小父さん達の内職手伝いに精出し、穴かがりが上手になったと雪子さんから誉められるようになった。そんなある日、気晴らしにと元の職場の市場に立ち寄った。相変わらず騒々しくはあったが、立売りしている連中は殆ど入り替わり見知らぬ人が多かった。新京に帰った連中が多かったせいだと思いながら、ふと目をやったところに思いがけない昔の学友を見出した。
お互いによれよれに汚れ切った服装だが、特徴のある顔は3年間見慣れて忘れるものでは無い。
”岩村!””おー、元気だったか”

こんな境遇で遭うなんて全くびっくりする外はなかった。
積もる話がお互いにあった。立売りの商品をそそくさに仕舞い前の店に預けてきた岩村と私は、人通りの少ない江岸通りに足を向けた。
話によれば彼は公用で中国に赴く途中、終戦となって安東に居着いたらしい。元来が無口な岩村の淋しげな様子が気になったが、その時はこれまでの簡単な身の上話で2時間喋って別れた。

この頃日本人の間で囁かれていた噂は、八路軍の徴用が近く行われるとのニュースであった。
新京の疎開者達が安東を引き揚げて行ったのも、この噂のようになれば内地に帰れなくなることが理由の一つであったらしい。そして噂を確定づけるかの如く町内ごとに居住届が要請された。
先の5番通り事件のような不祥事を起こさないとの配慮もあったらしい。
噂によればこの徴用は独身者を第一に引っ張るという事で、噂を信じて徴用を逃れる為に急に結婚が流行した。全く馬鹿げた話であるが、この結婚の流行は単なる徴用の噂以外にも、目下早急に内地に帰る事の不能を悟った人々が公然と口には出さないが、或はお互いの淋しさが紛らす為、或は女性は力強い伴侶を求め、娘を持つ親は逆境に託すべき青年を求めて、又生活に困って来た連中は相互扶助的な考えで等々の理由があったのが事実であろう。

といっても式を挙げる事なく、当事者の話合いでまとまった。中には約束だけの結婚もあったし、内地に妻を残している男性もその事実を隠して、新生活に入る不徳義漢もいた。否、むしろ此れ等妻帯者達こそ結婚ということに不安を持つ未婚の青年より反ってこの風潮を利用した向きが多かった。

私にもそんな話があったが、小田原さんの奥さんや奥田さんの小母さんは、絶対にそんな結婚はすべきでないと私を励ましてくれた。全く有り難いことだと思った。
実際いざ帰国、引揚となった場合に遭遇する困難なシーンを考えれば、自分一人でさえ危ないのに、妻を或は生まれて来る子供を抱える事の責任の重さを考えると恐ろしい事である。
愛情は同情や妥協ではないという気持ち、己に正しくあるべきだと私自身に言い聞かせた。(つづく)
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