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2012年2月28日 (火)

人間に差はない、教育の問題だ

もう春の気配濃厚を感じながら、寝床を離れる。気温は2度、ちょっぴり冷たい。
灰色の空から薄日が洩れている、もやが晴れるといい天気になるかもしれない。

東広島にあるエルピーダが倒れたと聞く。メモリーは日本のオハコだった筈だが、円高に勝てなかったらしい。
製品に差はなくても値段が高ければ商売は成り立たない。きまった論理である。
責任を一社にかぶせるのは気の毒である。
朝鮮の企業が圧倒的に強いと聞く。人種差別的発言は避けたいけれど、現実に同じ学校で朝鮮人、中国人も沢山いて同じ教育を受けた経験を私は持っている。総体に朝鮮人は優秀だった。中国人は中に凄いのが数人居た。数の多い日本人は怠けるのが多かった。
やっぱりそんな色彩が今になって露呈しているなと感ずる。
今の日本人はばか騒ぎし過ぎる。馬鹿を尊敬している様な風潮をすら感ずる。これでは優秀な人材は育たない。
肝心なのは大切な幼年、青年期の教育の問題だな。今の教育ではとても中国、韓国に追いつくのは無理だろう。

高いものは輸入する、安く買える。高くても売れるものを作る。自然体で行こう。
老人も知恵を出さないといけないな。

介護保険料が又上がるという。いずれ我が身もお世話になるかも知れず仕方がないな。生活も年々つましくなって来たし、少々増えても困ることもないだろう。
   
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河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その48)

○検疫

列車が普通の客車であったことも、内地の列車を思い出して懐かしく、窓から穏やかな南鮮の風景を楽しんだ。列車は首都のSに到着すると病人だけを降ろして発車した。暫くしてこの列車は一行の検疫の為この先のGという街まで行き、Gで当分滞在すると聞かされた。

G町の駅から近い療養所みたいな周囲を柵に囲まれた構内に連れ込まれた。一行は無事に検疫が終わるまで数日ここで過ごす事になった。全く以て胸がもやもやする様な引揚のコースであった。

50人づつ一つの天幕に雑居する事になった。天幕の周囲を頭にして中央に足を揃え敷き詰めた枯れ草の上に雑魚寝するのだが、もうこんな生活にも慣れて別に不思議に思うものは居なかった。

昼間は別として夜は肌寒く底冷えして、暗いランプの灯に引揚者の身も心も惨めになって行く様な虚しさを避けるように早々と寝込む連中も居た。それに着の身着のままで夜の着替えなんて考えられない毎日の行動の中に、雨に濡れた日や、汗にまみれた時の下着の取り替えや洗濯には夫々人知れず苦労している一行であった。

検疫といっても診察は割に簡単であった。ただ、一列に並んで順番を待っている時間が長かったことが印象的だった。

そして診察のない日に男達は米軍キャンプの清掃に駆り出された。初めて米軍に協力して合同作業に参加した感想は、陽気だと聞いていた米人の意外に作業に取り組む姿勢の真面目さであった。もちろん、勝者と敗者の立場の違いはあっても、時間から時間への作業については引揚者の一部が予定外の行事だと不貞腐れて適当にさぼる連中が居た反面、米兵の熱心な作業振りに接した事は思いがけない収穫であった。
仕事の時間と休憩の時間の明確な区切りを持つ彼等の行動に、これまで比較して来た中国人と日本人とは又違った国民性を発見した。作業中に煙草を吸っていた数人が米兵から注意された居た。私達もこれから内地に引き揚げて常時接するであろう米人の動作について関心があった。

そして又夜が来た。同じ班の阪本はT姉妹、有住先輩と暗いランプの灯で微かにお互いの顔を確認しながら、帰国後の抱負と理想に夢躍らし語り合うのであった。
戦後の暗い思い出は誰も口にしなかったし。聞きもしなかった。少し離れた天幕の片隅に同じ班の杉村いう中年の夫婦らしい2人連れが居た。未だ言葉を交わしたこともない無口のカップルは、いつも二人寄り添ってオドオドとした表情であった。恐らく戦後に、生活に倦み疲れ、知人、友人をなくして自然と結ばれたカップルと、腹の中で思いながらも誰も彼等を責めることはできなかった。暗いランプはみんなが投げ出している足許だけを照らしていた。お互いに寝転がり隣に同じ境遇の誰彼がいることに力づけられ、そのくせ眼は高い天幕の頂上を眺めつつ、くらい夜が早く過ぎるように祈るだけであった。

私は隣に寝ていた阪本やT姉妹と暗い長い夜を持て余して、郷土自慢に花を咲かせるのだったが、話題が尽きて一人寝、二人寝しているうちにうつらうつらとなってしまうことが多かった。底冷えする夜半に思わず目覚ましたとき、横に寝て居る隣人の平和な寝息に心の平静を感じるのであった。(つづく)
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