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2012年2月18日 (土)

春未だし、銀世界

カーテンを引くと一面の銀世界、1cmばかり珍しく夜の間に降り置かれたらしい。
しかし地面の雪は解けてまるで見えない、淡きこと泡の如し。
空は雲一つ見えないが白くもやって青空も薄い。気温マイナス2度。

カープが巨人と初のオープン戦を今日宮崎でやるという。もうそんな時期になったかと驚く。
やはり時が経つのは早いのか。あの世に旅立つ日もどんどん近づく、せからしいのー!

日が照ったり、小雪がちらついたり、はっきりしない天気になる。これでは外に出る気にならない。
医者にも行き忘れる。半日だから仕方が無い。

体調も少し良くない。なんだか風邪でも入ったかな。


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河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その38)

31、T村の病院勤務

このT村には私達の職場となる後方病院があって、病院の外には数軒の民家が散在しているに過ぎなかった。徴用された日本人男子16名、女子53名は別々の建物(病院内の民家)に収容されて八路軍の病院業務に協力する事となった。別に八路軍に警戒されている様子もなかった。ここまで来て、今更逃げるものも居ないと考えているのだろうか。更に日本人男女のうち夫婦で徴用に応じた4組のカップルが居たが、この4夫婦は暫くして別の小屋に移され、その小屋を仕切って各一部屋を与えられたのはどんな魂胆だろうか。

未だ入院患者は僅少であり仕事も割と少なかった。私達に与えられる建物には男子16名中4組の妻帯者を除き、20台-40台までの12名が広い1室で雑魚寝することとなった。こんな素朴な民家は、中央を通路として左右が居間兼寝室で、その下は寒い冬に備えてオンドル式に出来ていた。
私達男子は、昼は各種の使役、炊事場等に従事して汗を流し、無表情に仕事に取り組むが、夕食後はこの一室でいろんな過去の思い出を語り合って、静かな山中で涼を楽しむという終戦以来初めての落ち着いた毎日を過ごす事が出来た。

ただ、将来はどうなるか判らないという問題に付いては、これは口に出す事はタブーとなっていた。
これからの将来は私達自身全く判らなかったが、将来を想像し、空想する事は自由である筈なのに、それを憚られるのにも理由があった。
私達を引率して来たNという八路軍の日本人指導員は軍と一緒に起居していたが、私達16人の中にも八路軍に帰依して常に八路軍に出入している中国語のうまい若者が一人居た。週一回午後に時間が決められて、民主化教育的な討議が行われたが、ほとんが当たらず触らずの態度で意見を主張するものは居なかったし、討議をリードするものはいつも指導員のNとこのわかものAであった。私達は彼等を警戒していたのかも知れない。

私はここで島田という友達が出来た。話し合ってみると同じ北満ハイラルの守備隊の同年次兵であったので、急に親近感を覚えていろんんことを打ち明け合った。島田は私に云った。
”Kさん、あまり議論的に踏み込んでは駄目だよ。適当に納得したふりをしてろよ””心配するなよ、それほど馬鹿じゃあないよ” 私はやり返した。同じ年次で、同じ北満ハイラルに部隊は違っても入隊した私と島田は、お互い他の連中には話せない過去、現在の問題を夜遅くまで語り合う仲となった。
(つづく)
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