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2012年1月18日 (水)

電子本と紙の本

幾分白い線状の雲が何本も棚引いて,青空を遮っている。気温は昨日と同じく0度。
日課の目薬も時々忘れたりする毎日である。3度の食事の後というのが案外難しい。外食もあるし,食事後はなにかとスケジュールがあったりして。それでも一番憶えやすい方法ではあるのだが。

今朝の深夜放送でどなたかおっしゃっていたが、紙の本が随分減ってるらしい。しかし電子本に取って代わられることはないと。
それぞれの役割が違うということらしい。
私は医者で待つ様なときはiPhoneを利用して読むが、寝転んだりしたときは紙の本を読む。
都合のいいように使い分けている。
市販の電子本はまだ2回しか買ったことがない。あまり安くもないし。だがscansnapで読み込んだ本は随分たくさんになっている。
しかし長編は技術的にも面倒だし、利用は難しいだろうし,考えてもいない。
だれしもこうした使い分けをすることになるのではなかろうか。

ただ保存には量ばらないし、痛まないし、電子本にもそれなりの長所がある。紙の方が保存にいいといわれても全面的に納得はできない。
当分併用の時代が続くのではあるまいか。
電子本で朗読機能などが手軽に付加されたりすれば、まだまだ需要が伸びるだろうから将来はなんともいえない。

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河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その7)

5、武装解除

8月17日11時、新京郊外のK駅に降り立った私達は,全く昨日に変る現実を見て戸惑った。
先ず新京近くなった頃,グリーンカラーのソ連機が列車の窓越しにみえた時に、昨日の終戦の話題に現実感がもたれた。もはや制空権を奪われていることは、誰の目にも明らかであった。

駅のホームで直ちに武装解除が行われた。見る見るうちに高々と積み上げられた銃剣の山、自動小銃を構えたソ連軍の兵士が冷ややかに見守る中で、順次に銃剣を手離してゆく将兵の無表情そうに振る舞う心のうちはどうだったか! 日本軍人としての誇り、プライド的なものに対する愛着と、これで戦争は済んだと思うほっとした気持ちと,更には敗戦軍人としてこれからどうなるだろうかという懐疑の心が交錯していたことには間違いなかった。

駅の外れで暫く昼食の休憩をとった。恐らく次の命令を待つための休憩と思われたが、ふとみると線路の反対側の倉庫で数人の兵士が手を振っていた。糧秣倉庫らしくビール樽が見えた。近づいた私達に彼らは叫んだ。
「おーい、どうせ接収される食糧だ!持って行ってくれ,ビール飲まないか? そしてビール樽の栓を抜いて私達を促した。
私達は今さっき武装解除されたとはいえ、厳しい軍紀の下で始めて遭遇したシーンで全くびっくりさせられた。
将校たちも何も言わないので数人がビール樽を傾けて口をつけた。
しかし真昼の酷暑の中、生暖かいビールが口にそう入る筈もなく,私も一口すすったにすぎなかった。白砂糖だけは飯盒に少々有り難くいただいた。

戦争に負けて、これら関東軍の食糧物資はどうなるのであろうか、一般民間の人々に渡ればよいがと思っていたものはわたしばかりではあるまい。昨日まで飢えていた私達には全く奇妙な一瞬であった。

それから新京の街を行軍して割り当てられた宿舎(旧病馬廠跡らしい)に落ち着いた。
もはや銃剣もなく軍隊の行軍といえるものではなかったかもしれない。久しぶりに見た日本人の一般市民も,無表情に私達とすれ違って見向きもしなかった。
頼りにならない関東軍と思われているかも知れないと考えれば口惜しい気もした。(つづく)
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