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2012年1月19日 (木)

機能不全だらけの老体

珍しく朝から雨、気温は5度と暖かい。
耳に垢がたまる。鼻には鼻くそが塞がる。老人特有の現象だろうが、五感だけでなく身体全体の機構が不要物だらけになっている感じである。
目には毎日3度目薬をさしているが、これまた目やにが目尻に固くついている。目薬をさすからか、それとも関係なくか。
いろいろ気になることが多いものだ。

しとしと雨が間断なくつづいている。もうこうなっては外出意欲はない。
書見も飽きた。パソコンを眺めるのも疲れた。
日記はこれで終わり。
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河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その8)

6、待機

この日から8月末日までの2週間、ここで今まで通りの軍隊生活らしい毎日が続いた。別に仕事らしいものはなく,衛兵、炊事勤務の当番以外には身体が楽であった。部隊長始め将校たちは威厳をつける中に,幾分やつれたような態度が印象的であった。戦争の責任は高級将校より順次に負わなければならないとの意見もちらほらささやかれるなかで、ある日思いがけない話題が私達の心を揺さぶった。
それはソ連軍のアンケート的なものと説明されて、先任将校より発表されたものだが ー戦争は終わった、君たちも故郷に帰るべきである。ソ連軍は君たちがこの新京で除隊するのを希望するのか、または内地送還を希望するのかを聞いているー 内容であった、何かしら張りつめた心が解けかける様な巧みな言い方であった。

敗戦というのにこんな話があってよいものか?と思いながらも、聞かねば打ち消していた望郷の念は俄に頭をもたげてきた。
ひまな時間の話題は故郷の思い出、うわさ話に花が咲いて行った。今に思えば、全く心理をついた巧妙な懐柔作戦であったのだ。

ある日兵士の一人が突然居なくなった。脱走したという声、もう軍隊はあってないものだから罪にはならないだろうか。
勿論部隊長よりこんな事にならないよう訓示はあったが、遂にこの離隊した兵隊の行方はわからなかった。でも新京の地理に詳しいものであればともかく、離隊して右も左も判らないものが逃げても仕方がないし、除隊のうわさも出ているのにと考えた兵隊がほとんどであった。

待機という名の下に暫くの安らぎを得ているうちに、数日は矢のように過ぎて行った。不安と焦燥と懐疑を心に秘めて・・・・(つづく)
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