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2012年1月13日 (金)

金嬉老事件を思い出す

少し温度が上がって3度もある。
中国人の殺人容疑者が吉島の刑務所から脱獄したと云って騒がしい。西区の空き巣を狙ったという。
老人家庭でも狙われて人質にでもされると、ただ事ではなくなる。昔の金嬉老事件を思い出す。

元来この中国地方というのは穏やかな気候風土に恵まれて、性格まで穏やかである。こんな事件でも、かっかと血が頭に登る様な対応は先ずしない。そのうちなんとかなるだろうである。
利発げな男のようだから、過疎の山地へ逃げ込みでもしたら、なかなか捕まらないかもしれない。

足もとの事件だからやはり心配である。軍隊時代の元気はもうないしなあ。
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河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その2)

ふるさとに帰って

昭和21年も晩秋の11月下旬、5年間の大陸生活を終えて来た私は、K駅より我が家のあるG町に向かって歩いていた。
昨夕、博多の引揚援護局で貰った毛布だけがいやにずっしりと重たく、同じく貰った新千円紙幣一枚が懐に寂しく、ますます虚しさを感ずる様な風情であった。
なるほど、駅より我が家までは空襲の被害も見られず,引揚船の中で見た戦禍の地図を思い出した。

薄明るくなった故郷の街々も、敗戦という現実では懐かしくはあっても心楽しめない心境であった。
駅から電車路を10分間、これから逢う両親との5年振りの対面が、あまり現実感として湧かないのも事実であった。帰りたい,帰りたい!と思っていた大陸時代の思いも、ここは内地だと思えば全く迫力のないものになった。
こんなことでよいのかと思いながらも、この途は昨日通った様な途で、5年間の距離感が全く無いのも不思議だった。(つづく)

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