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2012年1月17日 (火)

河北君の戦闘行動は終わったがーー

朝の気温0度,正に暑からず寒からず。
老人にもちょうど良い。
満天雲一つ見えない、青一色である。

午後になっていつものように雲が張り出し次第に寒くなる。
灯油を買いに行ったり、チェストを買いに出たり、一人で忙しく走り回る。
心臓が弱っているから、灯油一缶提げてあるいても息がはずむ。
今日はどこへいっても車が少なくて助かった。

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河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その6)

4、後退作戦
正午近くになって、やっと私達の部隊が行動を開始し始めた。これから16日までの6日間の撤退行軍は将兵たちに新たな次の問題を残していたが,これまで不敗の関東軍の気位は相変わらず強いものがあった。

目標は新京(旧満州国の首都)であり、ここに集結して首都を守り抜くのだと教えられた。行軍に当たっては糧抹を捨てて,兵器のみを携帯するようにとの指示があった。

真夏の太陽が照りつける炎天下を,険しい山路を抜け,荒涼たる大陸の広野を一路、新京へと運命の行軍が始まった。2日目には手持ちの食糧は無くなり,道端の西瓜畑や真瓜畠で果物をちぎり飢えをしのぎ、小川のせせらぎの水で水筒を満たして前進を続けた。
水筒の水を飲む時に濾したガーゼに小虫が躍っていた。
たとえ腹を壊しても炎天下に水なしの行軍は出来なかった。
人生でも,商売でも,上向きに伸びているときは、どんあ相手にも力強くぶっつかって行く気魄が生じるが,行く先の見通し暗い時,例えば当時のように正面の敵に面と向かっているときは死をも恐れなかった関東軍将兵も,予期せざる後退という現実、しかも後方より怒濤のごときソ連軍の追撃の可能性があっては全く意気消沈せざるを得ない。兵は黙々と銃を肩に行軍を続けた。
真夏の太陽は、そして夜空に輝く星座群は無心に兵士たちの行動を見つめていた。

8月15日、その日小さい街で休憩をとっていた私達の耳に入ったのは、日本軍降伏の事実であった。
半信半疑ではあったが,部隊幹部の動きは活発になってきたようだった。

8月16日、どう調達されたか,この街の停車場から鉄道で南下することとなった。
これから如何なる運命が待っているか全く判らなかった。大陸の広野は何も起こらなかった数日前と同様に,真夏の強い日ざしが痛い程に輝いていた。
列車は不安と失望の将兵を乗せ、破滅の終局のため新京に向かっていた。(つづく)
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