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2012年1月 4日 (水)

映画”山本五十六”を見る

気温1度、白く霞んではいるが好い天気になりそうかと思っていたが雪が9時頃からかなり激しく降り始める。
仕事始めもあまり嬉しくはなりそうにないようだ。

しかし私たちには長い休みが終わってひとまず人並みの生活がもどりそう。

家内は29日の半休に医者に行き損ねて、薬がないまま1週間を過ごす。
身体の調子が悪くなったとこぼしている。

NHKの大河ドラマ”平清盛”の前宣伝につられて、宮島詣でが多そうだ。
ロートル(老頭児)の出る幕ではないと遠慮しているのだが、紅葉も逃したし、元旦詣でも遠慮して、ぼつぼつと思っていたが、雪が降り出したりしてタイミングは未だよくなさそうだ。

家内が映画を見に行こうと誘う。雪が降ってるのに嫌だなと云っても、一人でも出かけそうな気配。
山本五十六のどこがいいんだろうと思いながら、まあいいかとあきらめて、大急ぎで食事を済ませ出かける。
駐車場がいっぱいで一番反対側に一つだけ残っていたのに入れて、映画館まで2百米も歩く。
もう始まって7、8分経っている。
目が慣れないヤミの中を恐る恐る指定席に入る。家を出る時咄嗟に懐中電灯に手が掛かったのがよかった。
階段を上がって座席番号を確認して、座席に転がり込む。

物語は山本海軍次官が日独伊3国同盟に反対しているところから始まる。
私もこの頃のいきさつはよく承知していたので、世論に押し切られてとうとう同盟を結び、転がり込むように第二次大戦に向かって、戦争を拡大して行ったことは承知していて間違いない。

私も世論形成の一員だったかもしれない。しかし新聞ラジオで教えられ誘導されたことも事実である。
僅か20歳の若輩の私に確固たる定見があろう筈がない。
どの新聞を見ても、排日侮日の米英憎しの論調と経済封鎖などの記事で埋め尽くされ、息苦しさは絶頂に達していたことも事実である。

この映画に出てくる、新聞編集者に山本次官が云うように世論など君らが作ったのではという、その通りであった。
日露戦争との違いは、当時の政治家がやはり作られた世論を押し切って講話に早くから手を打っていたこと、それが出来る政治家がいたことだった。

結果はご覧通りなんだが、この際アメリカに領土的野心がなかったことが、日本の救いだった。
欲望むき出しのソ連に次の大戦を予感し、味方に付けることを最優先せざるを得なかった、アメリカの判断に救われたといってよい。
これこそ正に神風だった。

アメリカだってカリフォルニアやハワイ、フィリッピンなどに触手を伸ばして略取し、欧州諸国となんら変るところはない。
ソ連の北海道割譲要求などがなければ、戦後処理がどう変ったかわからないと云ってよいと私は思っている。
ソ連の虫の好さがアメリカを驚嘆させ警戒させたと思う。

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