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2012年1月27日 (金)

歴史の故実は変るものか

夜明けの気温0度、家内はリウマチ医者に出かける。駅まで送る。
終わったら、友達と会う約束とか。

昨日の頭痛は何だったのだろうと考える。今朝はもう薬の効果は残っていない筈だが、別になんでもない。
痛みは勿論重くもない。

枕元に置いてある、戦記本の中の”湖南戦記”を又々読み返す。
支那派遣軍の唯一の負け戦”シ江作戦”の顛末である。非常に詳しく書いてある。戦史叢書以上である。
特に某中隊長の一等兵降等とその自殺をめぐっての逸話、或は万年一等兵を捕虜収容所で同僚が銃殺した話など、身震いがする程情けない日本人の恥部である。この本の白眉と言ってよい。
この著者はよくここまで書いてくれた、
特攻兵など真に祖国を思って憤死した同じ日本人には堪えられぬ思いが残るだろう。

この部隊は私が4ヶ月駐留し、宣撫した地区から10キロも離れていない地区に一年後駐留して、私に言わせれば暴虐を恣にした同じ日本人の部隊が居た事になる。
そしてその同じ頃何も知らず、桂林から長沙へ撤退を急いでいた我が隊が居た。一晩その故地に宿営し、住民の大歓迎を受けた。
どう言ったら良いのか言葉がない。同じ日本軍の暴虐の話を知らない筈はない。其れにも拘わらず、しきりに住民の皆から戦後に拘らず、ずっーと残ってくれと嘆願された。一時の方便だったのだろうか。

この地を去る直前の前年11月頃、隣県”花石県”の県長から特使が来て、宣撫して欲しいと懇願されたことがある。この時もこの本によればどうやら花石県に進出して居たのは前記の部隊だった疑問が伺える。

同じこの本によれば、長く駐留した湘陰というところでは、去る時に別れを惜しまれた話が続いている。全く不思議なことである。
昨晩もテレビで聖徳太子の話があった。歴史の記載するところ、その時代、時代で変更し伝えられることが大きいという、架空な噺かも知れないとも。
戦後70年も既に経っている。私が死んで後百年したら、私の話もどのようになるのであろうか。
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河北君のシベリア送り脱出行(手記)(その16)

14、奉天、更に安東へ

いよいよ奉天駅で松山と私と二人きりになった。ホームで安東行きの列車便を満鉄の職員らしき日本人に訊ねた。
”安東行きはあのホームからすぐ出ますよ。乗るんだったら急がないと間に合いませんよ。但し貨車ですがね。” 今度は貨車かと自嘲しながらも、取りあえず物騒な奉天を早く離れるべきだと考えた。

先に新京より奉天までの列車の中で、切符を買っていない乗客が過半数で真面目に金を出した私達は唖然としたが、考えてみれば一日1本の連絡用の4等車であり、検札もなく買う必要がなかった訳だ。
まして今度は貨車であり、汽車賃を考える必要もなかった。

私達はうす暗くなったホームを走った。それは貨車と云っても無蓋貨車であり、石炭を積み込むように中央が突き出て周囲に傾斜の着いた誠に乗り難い貨車であった。

すでに3、40人の乗客が寝転がったり、座ったりして出発を待っていた。私と松山が乗り込んで暫くしたら列車は出発した。夜の8時半頃だった。
間もなく夜の帳は下りて、明るかった奉天の駅を出ると真っ暗な貨車の中では何も見えない。
無蓋であれば天井は勿論、灯りもなく、暗い夜空だけは仰ぎ見られた。

突然、貨車の前部で歌声が聞こえた。始めて聞くこの歌は、”朝鮮独立の歌”と聞かされた。
軍隊に入っていた朝鮮出身の若者群が気勢を上げて故郷に帰りつつある風情であった。
沈み切っていた日本軍下番の私達と反対に、彼らの声は生き生きと勝ち誇ったような歌声であり、隣の貨車からも呼応して闇の中を勇壮に響き渡っていた。

着の身着のままの私達にとって、夏の名残で暖かかったのがせめてもの救いであった。夜のしめやかな空気に、これからの事を思い淋しくなる心と共に、真っ暗闇の無蓋貨車の冷え冷えとした惨めなムードが重なり、更に私達の心を暗くした。
夜半には半月が雲間に姿を現した。雨が降らなかったのも、神が私達の心情を哀れんだものと我が身を励まして、いつしか眠りに就いた。

うとうとしてるうちに東の方から明るくなって来た。列車は広大な南満の広野を、安東へと私達の希望を乗せて驀進を続けていた。
時折停車する駅で、未だソ連軍の進攻が行われていないのか、日本軍兵士が銃剣を持って警備しているところもあった。力強くは感じないが、どうなっているのだろうと話しながら、安東より更に渡る朝鮮半島の通過の困難を考えていた。(つづく)
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