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2011年12月21日 (水)

斐徳か裴徳か

私が徴兵で入営した場所が東安省斐徳といつも言っているし書いてもいるのだが、googleで地図を調べてみると、裴徳と地名が表示されている。鉄道駅も裴徳となっている。昔と変ったのかもしれない。
或はもともと裴徳だったのを、日本人か満洲人が斐徳と書いたのかもしれない。
湿地のど真ん中で昔からさほど人が集団で住んでいたたとも思われないし、裴の方は人名専用の文字だから、ひょっとして裴某という人物が最初に開いた土地なのかもしれない。
どちらにしろ現在は裴徳となっているのだから、中国が決めている通りにしなければ仕方がない。
ヒトクでなくてハイトクということだが、ちょっと呼びにくいな。ヒトクで押し通すことにするか。

不思議なことに私のブログの検索語で結構”斐徳”が多い。関心があるか、関連があるか、どちらかだろうが。
いまはもう軍籍簿なんてないだろうが、わたしの控えにはちゃんと斐徳と地名を記入されている。
架空と言われても簡単には消し去るわけにはいかない。

なお詳しく地図を眺めると密山市には朝鮮族多しの文字も見えるし、裴徳には総合中学も大学もあるように記載されている。
えらく発展したものと思われる。70年という月日はただ事ではない。

午後山崎君のお遺族から、追悼ミサを滞りなく済ませたとの、お悔やみの礼状が届いた。
改めて幽冥更に遠のいたことを実感する。清司さんはもうお名前も忘れていたのだったが、お手紙で思い出すことが出来た。お会いしたのは東京のホテルニューオータニで一度だけ、まだ二十歳前後の若者だったが。
奥様とはもうお目にかかることは永劫にないことだろう。

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コメント

私の祖父が、満州第3759部隊の部隊長として、斐徳におりました。

投稿: 鈴木 俊克 | 2014年12月27日 (土) 14時52分

私の祖父は、専修大学法学部を卒業後陸軍士官学校を卒業して、少尉として、斐徳にて、満州第3759部隊を指揮しておりました。静岡県浜松市の出身です。

投稿: 鈴木 俊克 | 2015年1月10日 (土) 13時15分

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