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2011年12月17日 (土)

横倒しになった自動車

朝気温1度と最低、雪は降らなかったらしくどこにもみえない。昨夕ちらついただけに終わったらしい。
よく晴れて予報では昼間は8度くらいに気温が上昇するという。昨日の昼より暖かい訳。
よく澄んで野山の色彩が美しい。

昨日のブログに書いた東斐徳の巡察のことで、ふと思い出す。冬近くなると零下に下り食に飢えた狼などが、軍の廃棄物などを狙ってか群れを作って山から下りて来る。この付近は完達山脈というそう高くはないが、斧鉞の入らない深い原始林地帯であった。その遠吠えは結構怖かった。巡察勤務は一人でやるのだから、襲われたら大変である。拳銃と軍刀しか防御手段はない。拳銃の音ぐらいでは奴らは恐れない。

しかし軍公路ぞいだから、夜遅くても自動車などの公私の運行はかなりあった。自動車のライトは狼も恐かったとみえ近寄らなかった。
こちらも用心して丑満つ時などという時間帯は避けて、巡察したものである。

私自身も経験があるが、ある晩将校集会の後、二次会で6キロも遠方の斐徳駅近辺の料理店(軍人会館というのであったか)で呑み直し、深夜幌付きのトラックで帰営したことがあった。
もちろん当時といえども公私乱用は許されなかった。
ところが運悪く氷結した道路に運転を誤って車が路上から斜面を滑り落ちて横倒しになり、われわれ十名ばかりは投げ出されてしまった。部隊に帰って救援を頼まねばなど、困ったことになったなと評議している時、たまたま輸送司令官の乗った車が通りかかった。
何事かと大目玉を食ったことは言うまでもない。最上級の将校殿はもちろん後日改めて処罰されたりした。
一番新米だった私たち数名は何のおとがめもなかったが、それだけにいつまでも記憶に残る事件ではあった。

娯楽も何もない辺境の荒野でのこと、お目こぼしのこうした行楽は数多くあったのではないかと想像する。
孤独の深夜巡察を助けてくれた行動とみれば、とがめるだけでは済まないという気がするのである。


昔の車は道路の関係上座高が大分高かったように思っている。だからよく横倒しに転んだりしていた。
新京に居た時、大同大街の真ん中を走っていたダットサンが突然ころっと横転した。偶然私は窓から外を見ていて目撃した。
あまりのたわいなさに笑ってしまった記憶がある。

又チチハルのガス教育のとき、被教育者の将校連中をトラックに満載して、平原を疾駆していた時、路面の凹凸を避けるため、運転手が急カーブを切った途端、車は横転し、20名ばかりの将校が野原に投げ出された。下積みのものはかなりの数重軽傷を負った。

今頃の車は滅多なことでは横転などはしないから、知らない人が多いのではと思う。
いずれも今から70年も前の話である。

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