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2011年12月 8日 (木)

大東亜戦争勃発のこの日

この日こそ私の一生を完全に変換させた一日と言える。又毎年同じ感慨を繰り返し述べている。
そもそもこのネット上で始めて発言したのも1997年12月8日だった。
nifty通信ネットの”日記フォーラム”というところだった。

折から新聞もテレビもこの日の何たるかを忘れたごとく、記事化されることもなく、もはや万人の記憶の外にあいやられるのではと危惧される状態に感ぜられていた。
憤然たる思いで私は書いた。
翌年も同じ日に同じ思いを書いた。そして今度は朝日新聞が私らのフォーラム投稿記事をとりあげて、紙上に発表した。
忘れられてなるものかという思いが達せられた気がして嬉しかった。

終戦の日は盆とも重なって忘れる人は居ない。記念行事も沢山行われて忘れようにも忘れる事は出来ない。
しかし勃発の日は新世代になるにつれどんどん忘却の彼方へ去りつつある。

残念だが仕方がない。
しかし私たち戦場に赴いたものたちに取っては、この日が運命を決めたと思っているが間違いない筈だ。
重大な記念日である。
数百万の死傷者も出た。焼け野が原にもさせられた。いや我々がそれ以上に加害者にもなった。
百年の後までいやすことの出来ない残酷さであった。

この戦争の発端こそ記憶さるべきではなかろうか。
終戦の日だけ記憶されるのはおかしいと思うのは私だけだろうか。始めがなければ終わりもない筈だ。
ジャーナリストたちの偏差感覚を感じない訳には行かない。

今朝のNHKテレビは朝一番のニュースから、大東亜戦争と報道した。雲行きが変りつつあるなとの感じで受けとめている。
丸70年経った、早くも過ぎた。私の幼い日、日清日露戦争は遥か昔の感じがしたものだったが、2、30年前に過ぎなかった。
それと比較すれば遥かに昔のことである。若い世代に記憶を強要するのは酷かもしれない。
現実に戦ったものだけの生の記憶として存命の間持ち続けるしかあるまい。

歴史の有り様は国の関わり方、歴史家の作為によって畢竟形つくられるものなのだと思わざるを得ない。
真実はもう現実には無い。

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