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2011年12月12日 (月)

柚子の豊作

気温5度、やっぱり寒い。簡単には起きられない。
鼻水が止めどなく垂れ落ちる。うっかりすると食べ物に混じりそうである。
今日は新聞休み、忘れてポストまで取りに出る。

東北大震災から9ヶ月、未だに後遺症でさわがしい。原発が一番の災害のもとだ。
関東の大震災のときも、近所に避難して来られたおばさんが、その時の状況をよく聞かしてくれたもんだった。
もう小学校に上がっていた頃だったか、3、4年はたっていたのではなかろうか。
二階の屋根から電柱に飛びついて、滑り降りたと真剣な話しっぷりだったが、聞いてるおじさんたちは、女は前にお荷物がないから楽だったろうと笑って聞いていた。どういう意味かよくわからなかったが、なんでこんなのを憶えているのか。

もう間もなく90年になる、世相もまるで違っていたなあ。
いまだったら、ふざけるなと拳の一つも飛んでいるだろう。
戦災の写真はよく見るが、震災の写真はほとんど見ることはない。
時間は滔々たる大河の流れるごとく、いかなる歴史を揺るがした大事件も記憶の外に押し流してしまう。

経験した当事者たる人々も、時間とともにどんどん忘れ去り、定かな記憶さえ残らない。
記録というものはまことに残りづらいものなのである。

今年は庭のゆずの豊年で、枝もたわわに何百と数知れずなっている。毎日もいでは近所に配ったりしているが、とても追いつかない。
今朝は私も先日買って来た柄付きのハサミで切り取りする。ものぐさ野郎のすることだから、ろくなことにならない。それでも百ぐらいは切り取っただろう。ちょっと油断してとげが指先に刺さり血が噴出する。駄目だなあ。

もう少し早く摘み取った方がよかったらしいが、こんなに出来てはどちらにしろもうお手上げである。
昨年は一つもならなかった、その反動だろうが、生り物にはこれがあるから難しい。

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