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2011年11月20日 (日)

さよなら、山崎君

疲れは三日目に出るとよく言われるが、昨日はなんとなくそんな感じで一日何するともなく過ぎた。何をしたかそれすらも今現在思い出せないくらいである。
病膏肓に入ったというべきか。

山崎君を失ったことで、寝ても覚めてもあの頃のことが思い出されてしかたがない。
お互いもっとも意気盛んな年頃で、国の抑圧を受けながらも、張り切っていた。
行動そのものに不満は残らなかった。
しかし結果はまことに惨めであった。人生のどん底に落ち込んだ。

私は残り半世紀を掛けてなんとか人並みの生活に辿り着いたわけだ。
彼山崎は帰郷し好機をつかむや上り調子をそのままに駆け上ったと私には見えた。村田氏との提携が大きかった。
彼を戻したお礼の意味もあってか、私は1週間招待にあずかって道東を遊覧させてもらった。
毎年決まって青森のリンゴを一箱送ってくれた。
私のささやかな好意に対する彼の謝礼として受け取り続けた。その言葉のお礼は出来ても物質的な謝礼は破産寸前の身では、とても対応出来る状態では無かった。

彼には無かったが、私には相変わらずの有為転変が続いた。
彼が彼の職場に招いてくれたこともあったが、何しろ東西あまりにも離れ過ぎていた。働く自信はかけらも生まれなかった。
彼とはやはり素質が違っていた。
鄭重にお断りして今日に至ったのだが、良かったか悪かったかは神のみぞ知ることである。

地元にも横山君という古くからの友人がいた。誠意を持って私を救い上げてくれた。誠意には誠意を持って私も答えた。
生涯の友として、そのかれも2年前世を去った。

数多くの不幸不運に傷つきながらも、私は私なりに長い人生を曲がりなりにも生き抜いて来た。
決して一人で凌ぎ切ったわけではないことは、わかりすぎるくらいわかっている。

ありがとうよ、山崎君。またいつか逢えるかもしれないな。

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