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2011年11月28日 (月)

又々語り継ぐ戦争の記憶

今朝は急に12度と暖かくなる。
変化が激しいのはこの頃の気候、仕方がない。風邪の状態はいくらかましといったところ。

古い記録をCDやDVDに納めているのだが、これもどんどん枚数が増えて煩わしくなっている。
最近は大容量のHDが安く売り出されているので、こちらに移し替えようかと思い始めている。
何より検索が楽である。

数が多くなると探しにくくなる。当たり前のことである。ダブっているものも少なくない。
いちいち整理するとなると大変である。結局大きなHDにまとめて放り込むのが一番良いということだ。

私が十数年も前に書いて投稿した、兵隊、戦争の体験談を故あって読み返す必要が起きた。
”語り継ぐ戦争の記憶、昭和の声”というホームページに入れば簡単に其の証言室で読むことが出来るので、改めて読んでみる。
未だ80歳にならない若いときだからよく記憶していたし、友人たちもかなりの数存命で意見を聞くことも出来た。
しかし改めて地名を地図で確認すると、かなり違っている。
もちろん有名な長沙とか衡山などはその通りだが、部隊本部のあった上田冲は見当たらないし、私の居た広東橋などまるでない。
もっとも日本軍の作った軍用地図で適当に入れた地名らしく、橋らしいものもなかったが、地名がしゃれてるので、私が勝手に使っただけだった。しかし本部の位置はどう見ても現在の中路舗に違いない。軍用地図の作為としか考えられない。
というわけで私の戦記にはおとぎ話が混じっていることになるかもしれない。

広東橋も今調べると”板塘”というところらしい。これは戦病死した斉藤一等兵の戦績簿に記載が残っているから間違いない。
誤字脱字の類は文学者が書いたのでないから数多くある。
嘘は書いていないつもりだから、そこらを斟酌して読んでいただきたい。

これなども今は検索というWeb上まことに都合のいい方法がある。
70年前の古戦場が浮かび上がってこの上なく有り難い。
記憶を残すというのはこういうことを言うのだと、草莽のかげから訴えたい。

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コメント

今、毎日少しずつ読んでます!
子供を寝かしつけてからですが・・・。

投稿: ゆきこ | 2011年11月29日 (火) 00時34分

はじめまして。ふらりと覗いて、中国のことを書いていらっしゃったことと、お年が90過ぎていらっしゃることに興味をもち訪れてみました。私の父は88ですが、中国で終戦を迎えています。父がパソコンができたらsinomanさんといろいろな話ができるのになあ。父は一時期自伝を書いていたのですが。せめてプリントアウトして今度帰省したときに読ませようと思います。お体大切に。

投稿: campus cat 55 | 2012年2月 8日 (水) 16時30分

コメントありがとう。
仲間はもう減るばかりです。
もし、お父上より変ったニュースでも頂ければ幸甚です。
些細な事でも当時の事実はもう歴史的事実です。
忘れてならない事もある筈ですから。

投稿: sinoman | 2012年2月 9日 (木) 09時27分

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