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2011年10月27日 (木)

遍歴の人生

やっと10度を割って我が家の寒暖計は9.7度あたりを示している。昨日は10度少し越えてたから今日が今季一番の低さである。
このままずるずると冬に引き込まれる訳だろう。

二階の我が部屋は日ざしが奥深く射し込み,カーテンで遮らないと暑くてやりきれない。有り難過ぎる状態である。

我が家でも最近物忘れそして認知症へと毎日のように話題はそれに落ち着く。老化は遅かれ早かれ其処へ行き着くわけだからじたばたしても仕方がない。
ブログなども行き着く道程を少しでも長くしようと考えての事だが、やはり記憶力が散漫になって来ると、テーマにもこと欠き始めて継続する事がしんどくなる。
幸いに大昔の事は比較的によく憶えているのでまだ助かるが、こんな調子がいつまで続くのだろうか。

今朝も家内がその友人の音楽好きな高木さんとの電話で、昨年東京で見たオペラ「トスカ」の題名がなかなか出て来ないで困った話をしていたが、音楽の通弊で曲調などはもうまるで記憶の中には無い。あの場面がちょっとよかったなあとかあの場面がおかしいとか観客が多かったとか、音楽の本質そのものとは関係のない事ばかりが話題として残る。
若いときなら,口ずさむ事も出来たが今となってはもう完全に何も残っていない。

ビデオで見るのなら、繰り返しなんどでも見たり聞いたり出来るから,老人はその方がいいのかもしれない。
しかしそれすらももう億劫だなあ。まさにどしがたしである。

国連の世界人口白書によれば、この31日に世界人口は70億を突破するという。日本の人口は今年始めて減少し,国別では16位になるとか。
食糧危機は益々深刻になるだろうが、いったい世界はどうなるのだろう。平和と云ってるだけでは生きていけないのは自明の理である。
世界的に産児制限をするとか、老人は隔離して姨捨山の様な自然淘汰を講ずるとか、有効な手段はもうそれしかなさそうだ。
鬼哭啾々である。

夕食の時、昔話が卓上を賑わす事になる。
家内の云う私が商売に向いていない人間だという事の反省ばかり。
しかし考えてみると運もよくなかった。
昭和33年事前準備万端よしと踏み切った百貨店の開店だったが、当時中小企業連盟発足間もなくで、開店反対のキャンペーンをまともに食らった。
市長、商工会など根回しは万全で,大賛成と思ったが豈図らんや百貨店審議会場では筵旗が林立する始末。
賛成意見はまるで出ず、反対意見ばかりでとうとう最後の通産省の審議会でも、お百度を踏んだが結局否決され不許可となってしまった。
同じ時期松江市、別府市、水戸市でも百貨店設立の動きがあり,許可の出たのは県知事の政治的判断で松江市のみ許可され,後は皆不許可になった。

恐れをなした予定共同出資者が手を引くもの多く、出資金不足のままの開店(急遽貸し店舗方式に変更)となった為、建築資金にことかくありさま、銀行も途中で融資を止めてしまった。
売り上げはまあまあ順調に推移したのだが、結局やりくりがきかず倒産に追い込まれてしまった。
経営者の私たちは多額の借金に永年苦しむことになった。

その後しばらくして始まったクレジットカードでも、10年ばかり入会を拒否されたりした。個人の信用ゼロという訳である。
娘らは勤め先でクレジットカードを嬉々として運用しているのに、親父たるものそれをよそ目に憮然たる気持ちで居た事を忘れる事が出来ない。

戦争で就職先を失ったのを皮切りに、転々と遍歴が続いた。今頃の若者と一緒である。
76歳で退役するまで苦労をつづけた。糊口を凌ぐという言葉通りの生活が人生の大半だったかもしれない。
経済的には決して恵まれていない筈だが、私の心は極めて豊かである。もちろん年金という制度に助けられてもいる。
しかしこれも保険と一緒でこつこつと働き稼いだ余録の産物である。本来的に身に付いて来たものである。遊んでばかり居たのではびた一文つく筈はない。
職場は嫌になるほど転変したが、どこでも重宝にはしてもらった。途中独立して自分で始めるとこれがまたいけない。
やはり商売は向いていなかった。ものを売っても金がもらえない事がしばしば起こった。そういう時代だったなあ。

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