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2011年10月16日 (日)

一将功ならず,万骨も枯る

朝6時半灰色の空には雲らしいものは見えない。いい天気になるのだろう。
気温は15度。
iOS5とOSX10.7.2がどう繋がってるのかは知らないが、益々快適に動くアップル機群、いじくり出すと止められない。
格好のおもちゃにこれは熱中しそうな気配が濃厚になってきた。

今朝も起き上がると、あれこれと忙しい。
暑からず寒からず絶好のシーズンというのがまたよい。

部屋の中を移動している時、ちょっとふらついた拍子に机の角に膝下をぶっつけ怪我をする。用心しているのだが駄目だな。
血がズボンににじんでいる。皮膚が少しはがれて黒ずんでいる。
また風呂に入りにくくなる。やれやれ。

家内がよく認知症の話を聞かしてくれるが、私のは頭でなくて身体の認知症かもしれない。まともに動作が出来ないのだから似た様なものだな。
やはり寝て居るしかないか。

先日もブログに書いた長沙作戦の戦記について、読み耽ると、すなわち挿入付図を見ながら繰り返し繰り返し読むと,実戦の感覚が次第に湧いて来てのめり込まざるを得ない。
同じ殺し合いといっても、周平の小説と又違った血の匂いのする実感がある。とても面白いという表現では済まされない。
戦争の善し悪しなどという様な問題では無い。ふろしきの大きさを感じてならない。
平和という言葉は甘く快いが、世の中闘争の絶えるところはない。スポーツに事借りてその心を僅かに鎮めてはいるが、やはり本物ではない気がする。
人間の心底には闘争を賛美する本能があるのかもしれない。

この戦記には魂を揺さぶられる思いがしてならない。

戦いに敗れる事のいかに惨めで醜いものか思い知らされる。その一端を担わされた私には思い当たる事が多過ぎるのである。
敗れ生き延びて,その苦渋をなめさせられ続けた悔いの重さが70年というのは長過ぎた。

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