« 一将功ならず,万骨も枯る | トップページ | 日本軍の汚辱と栄誉 »

2011年10月18日 (火)

岩国市民と米国

今朝は11度一番の低さ。さすがに外は冷たい。風はない。雲もほとんどない。
家内が朝飯の時カーテンを貰いに行こうという。先日注文してあったのが1週間も前に出来上がっていると電話があったからである。
他に今回は岩国に用事はない。

今朝の新聞に愛宕山の跡地に政府が168億提示と出ている。
またひともめありそうな気配だが、私の兄弟たちはさほど目くじらを立てて反対はしないだろう。
アメリカには親戚も沢山いることだし、戦争直後随分恩恵を被った事だし,排斥する理由は全くない。
戦争直後には近しい係累が米軍兵士として駐留していたくらいだから。

私も家内もいとことその家族がまだ沢山米国で生存している。むしろこちらにも誰かが来てくれた方が消息が分かりやすくていい。
今日今となっては、アメリカはもう切り離せない国になってしまった。
市民には同じ様な家庭が非常に多い。戦後何度かハワイに飛行機をチャーターして親善訪問までした事を私は知っている。
仮に市民投票しても、跡地を米軍に活用しても、新市民を除けば反対する人は少ないだろう。
仲良くしたいと思っている人がはるかに多い筈だ、

他人の事はいざ知らず、私の伯父叔母4人は全部ハワイ渡航組である。その一人はとうとうハワイの地に骨を埋めた。皆多産系だからいとこは数十人に上る。
私の親父だけがメキシコ渡航した。後年親父は係累3人を呼び寄せたから、その子孫が彼の地にそのまま根付いている。

今の人はご存じないかもしれないが、岩国およびその周辺、大島郡は広島県と並んだ日本有数の多数移民県であった。
現に私が先年ハワイに観光旅行した際,ガイドはこの付近の言葉で案内した。ホノルル市内を歩き、市民と接触しても言葉も通じ違和感はまるでなかった。この地方の古い方言丸出しでむしろ懐かしかった思い出がある。

午前10時過ぎ岩国向け出発、吉香公園に立ちより錦帯橋辺りまで散策する。いつも行く吉香苑で昼飯、店員さんに店主の福田さんは元気かと尋ねると、経営者が変ったのですよという。
元の経営者の事はわからないということだ。
どうして止めたんだろう、ちょっと不思議。誰にも栄枯盛衰,流転の人生があるのだろう。
私が長く生き過ぎたということか。思わず在りし日を思い暗然とする。

弟のうちを2軒ゆっくり回る。4時帰宅。

|

« 一将功ならず,万骨も枯る | トップページ | 日本軍の汚辱と栄誉 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/53021222

この記事へのトラックバック一覧です: 岩国市民と米国:

« 一将功ならず,万骨も枯る | トップページ | 日本軍の汚辱と栄誉 »