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2011年10月14日 (金)

本物の戦記

とうとう雨になった。小雨だが久しぶりの雨だ。
あいにく家内は広島までリウマチ医者行き。竹島さんにも会うと言ってるから帰りはまた遅くなる事だろう。

テレビは語る、JOBSは死して人を走らせている。新型iPhoneの売り出しにまたまた長蛇の列。

ここ数日、佐々木春隆という人の”大陸打通作戦”と引き続いて”長沙作戦”という戦記を読み耽っている。
著者は陸士出の私とほぼ同じ時期の元軍人である。
昭和12年陸軍士官学校に入ったというのだから、私と同期に中学校を卒業して陸士に入学したのが10名ばかり居て、大量な入学者に驚いた年である。
当時の戦争は青年将校は消耗品と言われた時代で、陸士出だけでは間に合わず、一般学校出身からなる幹部候補生も量産し始めた時代だった。

幕末に刀を振るって先頭に立つサムライ流の戦い方が、鉄砲で狙い撃ちする奇兵隊流の戦いに敗れたことが、教訓として今度の大戦でも生かされては居なかった。
だから他に使い道の多かった沢山の俊秀を戦争で失わざるを得なかった。戦争末期に動員された学徒出陣などはその最たるものであった。
あの重い軍刀を振るい,指揮する将校など、姿だけ見栄えはよくても、戦場で威力を発揮する道具ではなかった。
むしろ双眼鏡に拳銃、そして拡声器を持たした方が遥かにましな装備であった。米軍などはマイクさえ手に握っていたようである。

ともあれ、この二つの戦記とも非常に面白い。藤沢周平の歴史小説に比肩出来るとさえ思って読んでいる。
机上の空論というが,参謀本部の図上作戦で動かされる、彼ら現実に戦っている下級将校の命をかけた生の戦の惨さがよく書かれている。
これこそが戦争小説というべきものだろう。いや、小説というべきではなく文学と言うのが妥当だろうか。

特に前書の後半捕虜となってからの人間性,又後書の作者の陸士入学前後と初陣あたりは、当時の世相描写としても白眉の叙述ではなかろうか。
大いに感服いたしました。

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