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2011年10月28日 (金)

読書十遍意通ずるにや

灰色の雲に覆われ,あまりよい天気にはなりそうにない。朝の気温12度。
眼科の診断書がもう出来ている筈だが、電話で念押しをしなくてはならないかな。

今先日買って来た”謎の渡来人秦氏”という新書本を読んでいる。
奈良時代末期百済滅亡の時逃れて大和に集団渡来した朝鮮民族の名前である。秦というから中国からの渡来人とばかり思っていたが,この本によるとそうではないらしい。
長岡京ついで平安京造営に力を尽くした民族らしい。桓武天皇の母がこの種族の出だという事に原因があるらしい。
当時渡来民族としては最大の集団だったらしい。

私なんかもこれら渡来民族の末裔かもしれないなとかねてから思っては居たが、人類発生の系譜から云って,遅いか早いかの差があるだけで、日本民族と云ってもそもそもは固有の民族である筈はない訳である。こんな本を読むとなんだかこせこせと国にこだわるのがあほらしくなりそうである。

併行して、”明治維新”という新書本も読んでいる。どちらも小説のようにすらすらと読むわけにはいかない。簡単には頭に入らない。
特にこの本は「世界史上希有な革命を捉えなおす」と並題しているように、柔構造という仮説のもとに解き明かさんとしている。
どんな意義があるのか、読了しじっくり考えてみないと何とも云えないが,乏しい私の頭脳では理解すら難しいのではと危惧している。

大佛次郎、司馬遼太郎や古川薫あたりで堪能している私の明治維新史観はくずされてしまうのであろうか。
刮目に値する議論かもしれないが、視点がややずれているだけの感じがしないでもない。

先の世界大戦も極論すれば,白人の世界に刃を突きつけた有色人の反乱に過ぎないと私は思っている。
現に私の親父も伯父たちも奴隷に近い状態で,辺境の地カリフォルニアで酷使され,挙げ句には排日,侮日の総スカンにあって放逐される状態にまでなったといわれている。
視点を変えれば、こんな極論も生まれるのである。幻想では無く事実から引き出した議論である事は云うまでもない。

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