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2011年9月27日 (火)

周恩来を日中とも忘れてはならない

朝6時目が覚めたので起き出す。ちょっと生暖かいのでベランダの温度計を見る。
気温22度となっている。湿度が77%と高い。
なんだこりゃ。夏に戻ったか。

7時改めて玄関の温度計を見ると、19度となっている。これならおかしくない。
それでもやはり少し戻り気味の気配だ。

空はだんだん晴れ上がって、青い秋の空いっぱい。今日も天気は良さそうだ。
小沢の秘書公判が皆有罪となった。まだまだ続く裁判だろうが、何にしても金で動く政治はなしにしてもらわねば、一般国民はたまらない。民主政治とは金も時間もかかる。これが欠点といえるかもしれない。
だからといって国民は拙速を強いてはならない。

昭和の初め国民は短慮に急激な膨張政策の政府を後押しした。そしてあの大戦へ駆り立てた。
国民の拙速への傾斜が導き出した不幸であり、身から出た錆であった。(他人事のように言うが国民は勿論私自身を含んでいる)

一ヶ月近く掛かった腕の傷もすっかり治った。乾癬のかさぶたと重なり合っているから、傷跡は醜い。
老醜そのものである。昨夜は風呂の中で浸けて洗ったが痛くも何ともなかった。

秋深まるとともに気持ちもしゃんとしてきたのか、よろけたり、めまいしたりすることは少なくなった。
油断はならないが、急がなければいいだろうと、その気で暮らす事にした。
まあどうなることやら。

先日のテレビで周恩来のことをやっていた。私も尊敬している人物である。
文化大革命をよく忍従し通して、鄧小平を登用し今日の中国の隆盛を齎した名宰相と言って過言ではなかろう。
彼のおかげで日中の国交も回復し軌道に乗る事ができた。
どちらにとっても大恩人といってよい。
毛沢東そしてその四人組の天下になっていたら、今日の一枚岩どころが国家分裂でも起きていたかもしれない。
日本もそのとばっちりをまともに受けていたことだろう。

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