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2011年8月14日 (日)

盆の家族の集い

盆休みで昨日は、高速道を始め一般市道も混雑が激しかった。
スーパーに買い物に行き、いつも行く五日市のスーパーへは上り線で問題なかったが、反対の下り線の渋滞に驚いた。県道に出た途端、車がずらっと並んでいる。行けども行けども途切れない。横道から出て来た車は割り込む事すら出来ない。
とうとう広島市側までつづいている。
帰りが大変だなと思ったが、幸いスーパーの前の交差点から時々利用する住宅道路が伸びている。
帰りはそれにしようと決める。

用事を終わると、一車線の住宅道路を、見当で走り抜けて無事家に帰り着く。こんな田舎道まで込むとは思わなかった。

郷里の弟達には、家内が盆はもう帰れないからと断りの電話を事前に入れている。
とうとうその時が来たようである。弟妹達も今生の別れが近い事を知った事であろう。
里の実弟には今年は妹の1周忌で会った1回きりである。もう生きて再会は無理かも知れない。

盆間はのんびり自宅でと思っていたが、長女が孫達を招待してるから今日午私たちも来いという。
体調が幸い戻ったので承諾する。婿が車で迎えにうちまで来るのだそうな。
有り難いことだが、厄介なじいばあになったもんだな。

盆前に入院するようなことでは、横山君の墓に詣でる事もできない。
心あるも体許さず。原爆で無念の死を遂げたおっちゃんにも、私を救ってこんな幸福な人生行路に戻してくれた大恩人の横山君にも、今となっては心の誠を宇宙線で送る以外にない。

昨夜遅く晴子が東京からやってきた。やはり込んでたらしいが指定席が取れたから良かったと言う。
ますます綺麗になった。やさしいいい子である。

11時半婿車を運転して来たる。すぐ折り返して孫達も参集し、会食が始まる。
幼児3人がなんといっても主役である。
こちらからは晴子も加わって、12名の会合。長女の支度ぶりはさすがに見事である。

十分供応にあずかって、3時半辞去。帰路も婿のお世話で問題なく帰宅できる。
送り迎え付きの供応だからまったく申し分なし。ありがとう。

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