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2011年8月26日 (金)

やはり自分のものは自分で始末すべきか

昨日は音楽のソフトの調子がおかしいので、いろいろやってみたが駄目。新しいライオンとの相性がどうもよくないらしい。
あきらめて古いパソコンに配線をつなぎ変えてそちらのソフトで録音再生をする。
ほとんど一日中熱中する。
その影響もあったのかも知れない。体調までおかしくなってしまったようだ。

今古い機械は眠らせた。時に使うめどがついたので安心だ。

昼飯を食いに外出する。やはり一人前は食べきらない。
買い物もスーパーで済ませて帰る。お決まりのコースだが、食堂を出ると外が暑すぎる。

夕方そてつの葉を始末する。大きなゴミ袋にいっぱいある。
庭木も老人になると、だんだん厄介な代物と化する。自分の力で始末がつけにくくなるからである。
松などは毎年春になると嘆きの種である。今年は婿が来て1、2時間で片付けてくれた。いつもならシルバーにたのんだりするのだが。
つつじも大きくなり過ぎたから根こそぎ除去しろと家内が言う。近いうちに一つづつ片付けることになりそうだ。
人も木も老兵は消え去るのみか。

長寿には沢山の付録がついている。いざ死ぬる段になると始末に負えなくなる。どこの家庭でも起こりうる問題だろう。なって見なければ気がつかない。
90歳を超えてみて、もう体力がどうにもならないことにやっと気づいた。
気づかせてくれる人は誰もいなかった。

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