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2011年7月27日 (水)

独立自動車第31大隊の陣中日誌はどこに

朝7時強く降り始める。気温は24度だが、薄着ではすこし寒い。
千代が8月になって来るという。別に頼んだ訳ではないが、ブログを読んで心配になったのかもしれない。
心配はかけないようにと気をつけてはいるのだが、つい自然にでるうめき声が届くのであろうか。

寝てばかり居ると、書く事がなくなり、頭の中を掃除するように、探し回る事になる。
乏しい頭の中だなあ。歴史に残る奴らはここら辺が違うのだろう。

今日の受信メールの中に、先日書いた”人違い”というブログの中で、太平洋戦争の写真集のDVDを申し込んだことを載せたことに関心を抱かれた30女性がおられた。
こんな若い人でもかとちょっと驚いた。

私は今頃になって気になっている事が起きた。
実は私一個人の恥多き人生記録を、自身のために残しておきたいと最近になって思いついた。
その資料集めと思って、先ず手始めに所属した部隊の陣中記録を、探し始めた。
結局どこにもなかった。私の友人だった部隊副官が折角戦地から所持して持ち帰った、陣中日誌を確か帰還途中に二日市で列車から途中下車して、軍の終戦本部に届けた筈だが、どこかに消えてなくなったらしい。
なんでもまとめて消却してしまったらしいともいう。
私は取りあえずその記録の大要を、帰還船の中で小さな手帳に書き写して持ち帰った。
副官と同期の友達だったから可能だった。
今考えてみると、この記録こそが、私のそして部隊の野戦記録の唯一ものとなった。

しかし帰還した兵員数は判っても、個々の人名は判らない。ましてや住所年齢などはどうしようもない。
細かい戦地記録に至っては無に等しい。
十年前に私が書き残した「私の軍隊生活」が唯一のものかも知れない。

先日ブログにも書いた「武士の家計簿」のごとくくだらんようでも、熱心な研究者の手に掛かれば珠玉の輝きを増す。
うっかりすれば、ゴミとなり、灰と化したかもしれなかった。

「私の軍隊生活」の中の独立自動車第31大隊のことについても、沢山のメールを戴いている。当事者だけでなくその子孫など係累ももちろん含まれる。
もう隊員だった人は百歳を前後する人ばかりである。生存者は少ないだろうが、出来たら助けていただきたい。
中には私のように物好きな人もいるだろうから小さな声でも出すしかない。

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