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2011年7月22日 (金)

7月22日深夜便でのシミヌキの話

先ほどまでラジオ深夜便で八王子のクリーニング店主で鈴木昭一さんとおっしゃる84歳の方が、シミヌキこそ究極のクリーニングであると、事故の経験談を話されていた。

私自身1965年から69年までクリーニング店を経営した経験があるので、興味深く最後まで傾聴した。
シミヌキ作業は雇ったクリーニング師数名がやってくれてたから、私が差配をやくことはあまりなかったが、実際に持ち込まれた中には従業員の手に負えないものも勿論沢山あったりして、放っては置けないこともあった。

仕方がないから懇意にしていた当時市内第一のホテルのクリーニング部長によく相談に行ったものである。
素人の私が習ってもうまく行く訳がないので、お願いして実際にやってもらったりした。
この人はまもなくホテルを辞めて、クリーニング店を始められたので、難しいものは皆そこに持ち込んだ。

深夜放送を聞くと、パリのクリーニング業界からでも、日本着のシミ抜きの教えを乞いに来られるくらいだから、大変な苦労をなさった所謂その道名人の職人さんらしい。
日本着というのは、数百万円もするものから、由緒があってかけがえのないものまで、高価珍重品の代名詞でもある。
シミヌキなどとなると、普通のクリーニング師の手に負える代物では無い。パリでも困るわけである。

シミヌキとはやはりそうだったのかと、今思い当たるふしが数限りなくある。
私自身後にクリーニング師の免状を取り、実地に仕事をしてみたが、雑な頭ではとてもこなすことの出来ない奥の深い作業ではあった。
今夜の鈴木さんはおそらく日本きってのシミヌキ名人とも称すべき方であろう。江戸時代以降の八王子という土地柄が必然的に生み出したシミヌキ名人かも知れない。

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コメント

私の実家もクリーニング屋ですt-shirt
みけし洗いをしていた店を、祖父がクリーニング屋にしました。
今のチェーン店では対応できないような細かい要求にも応え、その品物に適した技法でクリーニングしていました。
いわゆる「職人」がいるクリーニング屋は、最近は減ってきたような気がします。

投稿: 31歳@北海道 | 2011年7月24日 (日) 22時41分

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