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2011年7月 7日 (木)

長男の幼き日懐古

家内が七夕などと口走るが、この土砂降りでは気分が出ないよなあ。
昔でいえば節句の一日だが、母がどの節句でも、餅をついたり団子をつくったり、ままごとみたいにご馳走付を作って、子供たちを喜ばせたのだが、長男の私はまたやったかと長ずるに従って、何だか疎ましくうれしがった記憶は残っていない。
なにやかやと手伝わされるのが嫌だったからかも知れない。

私は長男だから赤子の時は大事にされたのであろうが、物心ついてからは父にも母にも怒られてばかりで、いい印象は残っていない。
餅でも寿司でも、親戚などへの配り役は皆私だった。
遠いところは1里以上もあったから、自転車もなく自分の足で歩くだけのお使いだから、うれしい訳がない。
1カ所などという事は先ずない。5、6ヶ所から10ヶ所ということもあった。私一人がお使いだから、なさけなかったなあ。
竹やぶの中にあった親戚に使いにやらされた時、山犬の群れに囲まれてぞーっとしたことは忘れられない。奴らは鼻がいいから、木の枝をひろって追っても、逃げるどころか数を増して追っかけて来た。
もう14、5歳になりかけていたから、襲われはしなかったが、もう少し小さい時なら完全にやられていただろう。
昭和初期の狐も狸も家の回りには沢山うろついていた時代だから。

資源ゴミを捨てる日だが、この雨では袋に入れたり大変だから、用意した段ボールや図書類は一旦倉庫に戻す事にする。
回収業者もかなわんだろうからな。

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