« 戦いの跡はもう夢の跡 | トップページ | 全く無意義だった湘桂作戦 »

2011年6月20日 (月)

男女教育の差別

今午前5時5分前である。深夜放送に目覚めさせられた。
先ほどまで福岡女子大学名誉教授秋枝麗子さんと紹介された,私より一つ歳下の90歳の東北帝国大学出身の女性の話が続いていた。
戦前女性が帝国大学に入学し卒業したという話は始めて聞いたので、驚いて目が覚めた訳だった。
男女共学は戦後の話だと思っていたが,戦争中に既に門戸が開かれていた訳だった。

もちろん知らなかった私こそ愚かなことであった。
男女共学は当然の話で私すらも遅過ぎたと思っていた。維新の後、岩倉使節団が欧米に向かった時すでに若い女子留学生を十名ばかり伴なっていた。
維新の志士たちはそこまでの見識を持っていたのであったが、国民の意識が伴わなかった。
戦後ようやくアメリカに習ってというより,アメリカに強要されたように男女の教育が同等化された。

戦前は兵役というのがあり、女子にこれを課する訳には行かない。これが男女差を造った最大の原因かとも思っていたが、軍隊がなくなり徴兵が必要なければ男女の差別は必要ない。
経過を見れば、そうとしか考えられない。

国民皆兵の国はまだ沢山あるが、男女平等はアラブなどを除いてもうほとんど国際化している。
知恵を絞って折り合いをつけてるようだ。
軍部の大臣まで女性がなってる国もあるやに聞く。
考え方によったらその方がいいのかもしれない。
一方女性の軍隊も現れているようだから、そうなれば差別する理由はほとんどない。ただ子供を産めと言われると困るが、育児はもう共同の義務化し始めている。

秋枝女子の対談の中に東京女子大学から、また東北帝大にと二度大学へ行かれましたのかと、質問していたが、大学と言っても女子大学は男子の高等学校か専門学校の過程であって、質問者の認識が足りないものであった。

彼女も先駆者の一人と言えようが,話を聞いているうちに、戦後教育の未熟さがなんとなく露呈されたような感じがして来た。
やはり戦争という事件はゆるがせにできない、それを風化させては困ることになるぞとの実感をひしひしと感じたものは私一人ではあるまい。
特に戦争原因の研究はずっとずっと深く,広く,長い期間に亘って解明されなければ、真の人類平和はあり得ないのではと私の考えは飛躍するばかりであった。

この対談の続きが明日の晩あるという。もう一度聞いてみたい。今6時8分前である。切りがいい。
明日に私も続けるとしよう。

|

« 戦いの跡はもう夢の跡 | トップページ | 全く無意義だった湘桂作戦 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157907/51992430

この記事へのトラックバック一覧です: 男女教育の差別:

« 戦いの跡はもう夢の跡 | トップページ | 全く無意義だった湘桂作戦 »