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2011年5月 6日 (金)

フラワーフェスチバル

今朝も13度とあたたかい。5時起床、先日訪れた孫の居宅の写真等プリントする。
老人にもすっかりいい時期になった。生気がみなぎるをおぼえる。なかなかまだ死ねないな。

庭の松が少し元気がない。夏みかんも生気が見られない。昨夏の猛烈な暑さがこたえたのかもしれない。
となりのうちのよく手入れの行き届いていた松もこの冬を越せなかった。虫にやられたのかも知れないがやはり暑気の影響が大きかったのだろう。
うちの松は極楽寺山に登った帰途、谷間で実生えたばかりの松の子を持ち帰って庭に植えたものである。丁度この家を建てたばかりで庭先はまだ雑然としていた時だった。だからこの家の寿命と同じだ。
40年経っていないのだから、まだ若松と言ってよい。枯れて欲しくないのだが。

”コイ投打五月晴れ”などと新聞紙面が踊っている。ヤクルトも好調だが、カープも負けていない。どうした風の吹き回しか。
それとも新球場の方角がいいのかな。市の中心からすれば鬼門ではと思ったりするのだが。
ともかくも死に土産に優勝でもしてくれると申し分ないのだが。

広島の花祭りは珍しく雨に見舞われることなく、3日間をめでたく賑やかに終わった。私はテレビや新聞で覗き見しただけだが、東北の大震災の後の自粛ムードもあったからどうかと思っていたが、歴代3位の169万人の人出があったと地元新聞は報じている。もう30年以上も続いているとか、始まった頃を憶えているだけに今昔の感慨まことに深い。
当初はフラワーフェスチバルなんて、格好いいなと思っていたが、最近は舌が回りにくく言い辛い。花祭りでいいのではと思ったりしている。やっぱり日本語でないと未来永劫続かないのでは。

そこへ行くと”どんたく”とか、”ねぶた”とか、不滅の歴史が感ぜられてうらやましいな。

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