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2011年5月27日 (金)

テレビは何故軍歌を歌わせないのか

ひそやかに降っている明け方、気温は17度。
深夜便で2日にわたって話してくれたお坊さん(兼学校教師)の話は面白かった。というよりいい話だった。
”悲心”ー悲しい目にあった時の心で人を思いやるーというのだそうだが、三十数年間卒業する子供たちへのはなむけに書き贈ったという。
千五百人にもなったという。そのままの体験をした生徒が出現したエピソードは面白かった。
(残念乍らこの坊さんの名前は私の耳のせいかよく分からなかった)
金子みすゞの詩を愛誦しているそうだが、”メダカちり、メダカ集まって水動かず”や”草に座して雲をみる”はどちらもいい。
ネパールの学校うまく行くよう祈りたい。

やっぱり梅雨入りだそうだ。今から梅雨では大変長い梅雨になりそうだが、洪水なんてごめんだよ。
日本列島受難の年かも知れないな。

私のような老人は、最近のことなんか思い出さないが、今日が日本海海戦の日だとは、朝起きて聞いた途端すぐ思い浮かべる。音楽は軍艦マーチである。
iTunesを検索すればすぐ出てくる。聞いてみたいから早速引き出して聞く。
名曲だなといつも思う。

敗戦後は軍歌調は自粛してか、負け惜しみか軍歌はほとんど外では聞けない。
我が家は別である。

ちゃんと50曲ぐらいiTunesやiPhoneに収めてある。聞きたくなくてもシャッフルに選び出して聞かしてくれるからし方がない。
若い人は間違ってはいけない。威勢の良いのだけが軍歌ではない。軍艦マーチは別として殆ど哀調に満ちている。戦いを強調し、士気を鼓舞するもんばかりではない。戦いの悲惨と国に残した近しい人などを偲ぶものが多い。半ば厭戦、反戦の歌と言ってもよい。

有名な戦友はもちろん軍歌の古典である。哀調一番乗りといってノーだというものはいないだろう。
討匪行にしろ、麦と兵隊にしろ、暁に祈る、海行かばですらそうである。

私の戦線で口移しに愛唱された”湖南戦線の歌”というのがあった。故郷をしのび、失った戦友をしのぶ哀調切々たる歌だった。詠み人知らずである。昭和20年に大陸で流行ったのだから、レコードもないし、誰も知らない。私も歌詞がまともにもう出て来ない。
“ああ、大陸よ、飛ぶ雲よ、・・・・・・しのぶ戦野は夜の雨”、”ああ、戦友よいまごろは、・・・前進、前進、泥にまみれているものを”
などという歌詞がとぎれとぎれに浮かぶだけである。

シベリア抑留者が歌った”異国の丘”は戦後流行ったが、あれは戦中の軍歌とはいえない。
”モンテンルパの夜は更けて”は、明らかに戦後の流行歌である。
私の買った軍歌集CDに収めてあるから念のため言い添えておくのだが。

それにしても軍歌は名曲が多い。私は戦争を鼓舞するものとは少しも思わない。思いもよらず戦場に引き出された庶民の故郷や父母妻子の身の上を案じ、心情を吐露したものばかりである。
万葉の昔、徴発されて防人として赴く人々のおびただしい恋歌と何ら変わることはない。

くだらぬ歌ばかり歌わないで、何故今軍歌を歌わないのか、テレビで歌ってはいけないのか、無性に腹立たしいのは私ばかりだろうか。

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コメント

私もパソコンのiTunesで露営の歌を聴きながら貴殿の文章を読ませていただきました。
私は35の男ですが、全く同意見です。
現在のテレビは軍歌、あるいは昭和の軍国主義を彷彿とさせるものを避けているように思えてなりません。
AKBやKARAのような歌だけでなく是非テレビで軍歌を流してほしいです。

投稿: cubepod | 2012年9月16日 (日) 01時21分

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