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2011年5月12日 (木)

因縁のふしぎ

今朝朝食のとき、家内が小学校時代良く可愛がってくれた山本先生の話から、その後任でやってきたくみた先生が私の同級の汲田君のことではないかということになり、同窓会名簿を調べることになった。
中学校名簿をみると、一期遅れて卒業しているようになっている。入学記念写真には私と一緒には居ないから翌年入学したのだろう。
名前も間違いないこれだということになったが、すでに死没者名簿に入っている。
その期の連中の名前をさらっと見てるうちに、深海勇という名前に行き当たる。
あらっこれは一緒に岩国駅から入営のため勢揃いした4人の中の一人ではないかと気づく。

私は過去に軍隊生活をかなり詳しく書き記した文集を書き残している。
その入隊当日の駅頭にてのぼり旗で見送られた風景は瞼に深く刻み込まれている。
年上の藤本さん、小学校同期の吉川君、そして初対面の深海君ぞして私だった。
広島袋町小学校で簡単な身体検査の後、軍服に着替えさせられ、6キロ道を歩いて、宇品から行方分からず軍用船に積み込まれ、夕闇迫る頃錨をあげた。
吉川君だけは縁あって同じ隊に一時期いたことがあったが、何もかも目隠しされたも同然の他の諸君とは、その消息をつかむことなく戦後を迎えた。

思いがけず見つけた名前に驚いて、記載されている電話番号に電話してみた。まだ午前8時である。ちょっと早過ぎたかなと思ったが、電話の向こうに女性の声が聞こえた。
深海君のうちには違いなかったが、昨年の10月肺炎でなくたったとその女性即ち奥さんのお答えだった。
暇を託っていたので、生きているうちだったら喜んでお話したでしょうにと、残念そうな返答だった。
名簿に広島高等工業卒とあるが、どこに勤務されたか聞くと、NHKだとおっしゃる。
それはそれは私の婿も今NHKにいるのですが、奇縁ですねと話が弾む。
本人だったら、未だに消息を探し求めている、同級生で仲の良かった斉藤七郎君のことを尋ねるつもりだったのだが肩すかしにあってしまった。
幹部候補生の志願資格があったこの両君とも、それを忌避したか試験場にも出て来なかった。
ひょっとしたら知り合っていたかも知れないと思ったからだが。
(幹部候補生になるということは永年勤務になるということを意味していた。徴兵義務年限の2年で帰郷したければ志願は難しかった。だから志願しないものも多かった。結果的には日米開戦で何もかもおじゃんになってしまったが)

今更どうにもならないことだが、世の中は見えないところで繋がり合ってるのだから、油断がならないということである。

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