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2011年5月22日 (日)

乃木将軍の悔恨と私

昨日からAmazonに注文して送ってもらった福田和也著「乃木希典」を読了する。
古川薫の「斜陽に立つ」の影響を受けてその気になって、続けて乃木大将のことを読みたくなったのだが、前者の印象は斜陽に立つほどの感銘はない。
乃木大将が殉死までに行く心理過程はいずれの本を読んでも変わらない様である。
23歳で陸軍少佐に任ぜられ、27歳で連隊長である。この時代の乃木はうかれにうかれて遊蕩の限りを尽くしたとある。
先輩の山県有朋に面罵されたことすらあるという。
その山県に登用されて小倉の連隊長となる。秋月の乱、萩の乱の直前である。
実弟の玉木正誼の6回に亘る訪問を受け、恩師玉木文之進の勧める前原一誠に呼応する様の要請をことわりつづけ、政府命令通り官軍としての責務を果たす。そして最後の西南の役で乱戦のなか軍旗を失う。
その屈辱を背負って一生を過ごしたとされる。
この時に与えられた明治天皇の詔が一生を貫いたともいわれている。

顧みると、私自身この期に及んで乃木さんの思いが理解出来るような、同じ悔恨がいまだに胸中にうずくまっているのを感ずる。
昭和19年の春先から、湘桂作戦に部隊が動員された。

この動員直前に任命されて独立自動車第31大隊の材料廠長となった。
部隊の最後方を進軍するのだから、通常なら死者が出るような部隊ではない。
こわいのは上空から襲ってくる敵飛行機だけであった。
しかし戦いが終わったとき、部下に5名の戦死者がいた。

私の記録として残している戦死者名簿は以下の通りである。

昭和19.10.9 斉藤栄一等兵ー東京都荏原区豊町5-119/花蕚郷板塘に て脚気衝心にて死去
昭和20.7.20 鴨志田武雄二等兵(20才)ー神奈川県高座郡有馬村本郷 891/長沙第184兵站病院にて赤痢にて死去
昭和20.8.9 西谷益男二等兵(19才)ー東京都芝区海岸通4-7/広西省 全県永和郷沙子湾にてマラリアのため死去
昭和20.8.10 江端時雄二等兵(20才)ー東京都葛飾区本田渋江町246 /広西省全県永和郷沙子湾にてマラリアで死去
昭和20.8.31 伊藤武一二等兵(19才)ー東京都目黒区中目黒4-1472 /長沙兵站病院にて栄養失調症のため死去

このうち目の前でその死を看取ったのは斉藤一等兵のみである。何分戦時行動中だから、入院後送させずに部隊と共に移動し乍ら治療に努めさせた。もちろん本人の希望があったことだったが、死に至る程だったら当然専門の医療に頼るべきだった。
召集兵で妻子ある身と聞いていたが、全く申し訳ない隊長のふがいなさであった。

以後は気をつけて病院に後送するよう努めて、浅川上等兵のように1年後には退院して一緒に内地の土を踏めたものも居た。
彼とても入院時部隊と一緒に連れて行ってくれと懇願したが、振り切って私が直接つれて百キロ後方の兵站病院に送り込んだ。

他の4名はいずれも初年兵である。
私の隊に配属されたのは5名といわれた。実際に隊に無事到着したのは松島健四郎(日光出身)只一名だった。
他の4名はいずれも途中風土病などにかかり、2名は追及途次、2名は途中入院後死亡した。
北京で部隊の受領者が受け取り、直距離1800キロ、行程約3000キロを歩いて追求したのである。
満19歳、おそらく飯など炊くなどということは知らなかったものたちだろう。

敵機は容赦なく日本兵1名たりといえども攻撃して来た。集団でピクニックするがごとき行動は許されなかった。
統率者も落伍を止める手段はなかったと言っていた。
30名ばかりの初年兵が4分の1になった。私の隊でも5名が1名になった。他は推して知るべしである。

こんな過酷な運命に陥れた責任といえば、私とて知らないとは言わせぬぞと言う人が居ることは分かっている。
かりにいなくても悔恨は70年経っても暗く残っている。

就中西谷益男、江端時雄の両人には死んだ全県かその前紀陽あたりの廃屋の民家の中で、対面させられた記憶がある。
すでに足などは腐って、押せばじくじくと膿みが出ていて、もう長くないと付き添いの衛生兵に告げ口された憶えがある。

残酷といわんか、哀れというか、どんなことをしてもこの悔恨はぬぐいさることはできない。

乃木将軍の悔恨も人には分からぬ奥深いものだと同情せざるを得ない。彼は最後にそのはけ口を見いだせた。二人の息子を戦争で失ってまでして。

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