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2011年5月 5日 (木)

老人の悲憤慷慨

今朝も気温14度とあたたかい夜明けである。ただし、光芒はかけらもない。幾分薄くはなったが、それでも黄砂は空を覆い尽くしている。
もう人並みには動けないほど動作が鈍くなって、野球もサッカーも見に行くという訳には行かない。しかし外を見回してみて、一応の健康のありがたさをしみじみと感ずる。

昨日雅博さんが観音の方をドライブしてくれた。あまりの様変わりに驚いたが、県営グランドは野草生い茂り、わびしく人影もなくたたずんでいたり、飛行場は閉鎖されたまま巨体をもてあました風情に心悲しく横目に通り過ぎた。
何時の日か復興するであろうが、若き日の懐かしい思い出に繋がるものは今はなにもない。

光陰矢のごとく、流水流れて止まず、私自身はこの広島の復興は他の都市に後れをとっていると嘆いて来たが、その象徴とも言える放置された飛行場の姿はなんとしても情けない。活気盛んなる頃私もその利便のよさを謳歌した時期もあった。
国政にしろ、県政にしろ、人を得なければ、かくなるものか。
福岡や岡山など伺い見るとき、痛感せざるを得ないとするは私だけだろうか。

民衆は愚である。多数愚に引きずり回されては碌なことにはならない。民主主義とて絶対ではないと知るべきである。
何時の時代でもいやしくも政治を任されたものは、自己の信念に基づいて行動すべきである。ただ単に多数を頼みその利害だけで行動するものに迎合してはならない。

信念に反すれば、巨大なジャーナリズムといえども敵に回さなければならない。
無謀ではあったが、吉田、佐藤ら一二の総理にはその気概があった。それがなければ講和条約、沖縄返還の実現は難航したであろう。
未だに彼らは不人気な政治家であるが、役者ではないのだから人気等関係ない。百年以上も経って歴史が決める問題である。
古今の史実を見ればよくわかる。

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