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2011年5月25日 (水)

名将の出る幕

朝6時気温15度。灰色に霞み青空は少ないが日ざしはもう強く、暖かくなりそうである。
何故だか1時間早く目覚める、眠くないのでそのまま起き上がりパソコンに向かう。

プロ野球のナイターの結果ををまず見る。カープは逆転でロッテを連破している。
私はまるで聞いたことがない丸なんて選手の逆転2塁打で勝ったとか。
依然好調だ。パリーグに一つ勝ち越した訳か。
しかし一喜一憂は心臓に良くないな。

昨日に続き福田和也著「山下奉文」を読む。
昭和17年から2年間彼の指揮する方面軍の一部隊将校として、その指揮を受けた思いがあるからである。
もちろんその謦咳に接することはなかったし、文書の一通も受け取ったことはなかった。
只命令系統が繋がっていたというだけである。

しかし少なくとも若かった私には、シンガポールのあの勇将が直上官として来たのかという、奮い立つような感奮を覚えたことは確かである。ソ連といよいよやるのだなと身の引き締まる思いも強まった。
事実はそうならず、昭和19年4月私の部隊は彼の指揮下から抜け出し、支那派遣軍隷下に移動させられた。
彼はすぐその後7月フィリッピン派遣軍司令官という、悲劇の職責に転ぜしめられたのであった。
対米敗戦の幕引きをすることとなってしまった。

この本の巻末近く、”アメリカのウエストポイント士官学校には、ヒットラー、ムッソリーニの写真と、指揮刀、勲章と並べて、山下奉文の写真と降伏文書、軍刀が展示されているが、東條でもなく、天皇でもなく”と疑問が投げかけられている。
名将らしい戦ぶりだったことは、認めるにやぶさかでないということか。著者もそのように解しているようだ。

ソ連こそ敵だとする、山下の考えもあの時点では、賽の投げられた後、どうすることも出来なかった。
名優出る幕を失ったというべきかも知れない。

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