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2011年5月16日 (月)

乃木将軍の造り出した旅順攻防のあや

昨日より少し天気が悪いか、霧が濃く気温は15度。
昨日倉庫を整理しているときちょっと転んで腕を怪我する。皮膚が向けただけだが、風呂に入れない。
右腕だから自分で処理出来ない。当分不自由になる。
ベッドから起き上がるのも簡単ではない。厄介なことだ。

昨日書いた乃木大将の山川草木の詩を詠んだ時期について、思い違いがあったらしい。
古川氏の著述によると、第三軍司令官に任命されてまだ広島に居るとき、長男勝典が金州城外の南山の戦で戦死し、乃木さん自身は軍とともに明治37年6月6日遼東半島に敵前上陸、明くる7日戦場跡に立って息子らを偲んで乃木大将が詠んだとある。
私は旅順の戦が済んでと書いたが間違って憶えていたようだ。

私も先年爾霊山、水師営、東鶏冠山など見学して回ったことがあるが、南山の古戦場は知らない。
しかしこれらから受ける感慨から、乃木さんの悲壮な気持ちが想像出来ないでもなかった。
戦いは勝っても負けても非情なものである。

昼前家内を目医者に送り届ける既に待ち合いには数十人でちょっとどれほど待たされるかわからない。
私も手術を4ヶ月先の予定にされた。老人が多いから患者も多くなる。病人大国、もう戦争なんかとてもじゃない。
国全体がアフリカのようにならねばよいが。
孫らの世代がほんとにいとおしくなる。

古川氏の乃木、児玉両将軍史観は資料をそこまでもという程駆使して面白いし、とかくの批判なき程に渉猟して吾人を納得せしめている。司馬遼太郎さんも現存していれば、あやまったというだろう。
”斜陽に立つ”は骨太な最近珍しくいい本だ。すっかり感心して読ましていただきました。

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