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2011年4月10日 (日)

天災と国の政治

薄曇りではあるが、朝の気温8度の申し分ない選挙天気。
90歳を過ぎたこの老いぼれ、選挙権はあるが、選挙資格はあるのかいなとやや逡巡の気持ち。

若い時から尊崇止まなかった吉田松陰先生の生家を先月訪れ、五年前には東京世田谷の先生の墳墓の前にぬかづいたし、私の心のけじめはつけたと思っている。後はもうこの国の運命を担う後輩たちに無条件に託す以外に道はない。

東日本大震災から丁度1ヶ月、未だに行方不明者が1万5千人もいるという。
大半は海の底だろうからどうしようもない。
米軍の協力も得て、十万の自衛隊の力をもってしても、海の底までは無理であろう。

先の大戦も遺骨も残さない死者、行方不明者は数知れなかった。
私自身も裸で路傍で殺された一兵士をその路肩に埋葬して去った経験がある。何も身に付けず、友兵もいず、戦中の最中詮索のしようは無かった。
弾にあたらなくても病に倒れ路傍にふした兵士の姿は数知れず、後方から進軍する私たち部隊にも、任務が先行し、放置する以外に、手のつけ様はなかった。未だに瞼に残ろ悲惨な光景である。

家内は私の尻の重いのを見限って、浜田さんを誘って昼前投票に出かける。
私はこれで踏ん切りが着いて投票は止める。
90老人の出る幕ではない。1票でも国の動向を傾けてはいけない。力の出る人に任せるべきだと思うからである。
家内は非常に政治に関心があるし熱心である。当然投票をすべきだと思っている。
だから当然私に同調させてはいけない。

一国の政治は松蔭のごとく真に国を憂いて研鑽を惜しまない人に任すべきである。
いい加減に利害褒貶をあげつらう人の出る幕ではないとかねがね私は思っている。
ましてやその好悪に従って、或は人気につられて投票する等は正に国を誤るものである。

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