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2011年4月 8日 (金)

二万数千の屍を乗り越えて必ずや復興を

濡れそぼっている庭木の間をゲートまで新聞を取りに出る。気温15度、なま温かな朝の空気。しとしとと正に春雨。
新聞は幸いに濡れてなかった。
テレビは各地のさくら満開の様子を伝えている。
うちでは家内が同僚に誘われて13日に岩国で花見の予定らしい。
私も知らぬ顔して出かけようかなと思ったりしている。ただ車が混むからなあ。

家内が二三日右肩の痛みを訴えている。炊事が大変なようである。私はそちらは全然役に立たないから、痛くてもやっていただかないと飯が食えない。
花見はどこか食堂に入って食事すると話し合ってるようだ。しかしこれまた込むから簡単ではないな。
雨降ればダメ、いい天気なら混雑、八十のばあさんパワーでうまく行くかな。

午後になっても降り続いている。
落ち着いて寝られるというものである。

今日送られて来た文芸春秋を見ると、今度の震災から立ち上がれと各界の名士からのメッセージが載っている。
取り分け日本を愛してくれてる李登輝元台湾総統の言葉「日本は太平洋戦争の惨禍を乗り越えたのだ」は身にしみる。
又瀬戸内寂聴さんも病床から声を上げておられる。私より2歳年下だが、脊椎を患って歩行困難だとか。助けに現地へ飛んで行きたい心境らしい。
皆思いは一つだ。日本復興を信じている。元気を出してくれ日本人よ。

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