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2011年4月24日 (日)

前立腺がんで死ねるのか

いい天気になる。朝の気温11度。
今日の広響の演奏会はメンデルスゾーンではなくてモーツァルトのバイオリン協奏曲第5番だった。南紫音さんは始めてなので楽しみだし、まあいいか。
丁度今朝FMで同じ曲を、スターリクという人の古い演奏をやっていたので、聞き比べのつもりでじっくり聞いておく。
聞く等というのはすぐ忘れるからあまり役に立つ訳ではないが、予備知識がないよりはましだろう。

昨日内藤の先生に言われた前立腺がんは一応気になるのでコンピューターで調べてみると、血液検査で簡単に発症がわかるらしい。
詳しい事はがん細胞の一部を切り取って調べるのだそうだ。
大病院にいずれ紹介するからといってたようだが、そちらで切ってもらえという事だろう。
老人だからあわてることはないとこの先生落ち着いたものだ。詳しい事はあんたが混乱するといけないから今日は止めとくとほざいていた。一月先でいいということだろう。

老人は気が長いようでも実際は短いもんだ。経験しないとわからんのだな。

こんなにいい天気になると、旅行好きな私はむずむずしてやりきれない。
70歳頃はまだ徹夜で長崎や熊本まで、出店した仕事場で働くために、何度も何度も高速道無き時代の国道を飛ばして走ったものだが、もう今はそれはできない。
くやしいね。
数回、スピード違反で罰金を科せられたが、それすら懐かしい。
ロータリーエンジンのサバンナという車だった。速かったなあー。国道の長坂路で数珠つなぎの大型トラックをあっという間に抜き去ったりした。片側一車線ばかりの道だから命がけである。当時一年掛けずての生命保険を住友が売り出した。早速3千万円に入った。
考えてみると随分乱暴な奴だったなあ、俺は。

日支事変が始まってすぐ、意地悪だったがよく私を可愛がってくれてた母の従弟が白木の箱で帰って来た。兵隊に取られるとああなるんだなと覚悟した。
数年後兵隊になった。1年経たないうちに今度は世界大戦に発展した。もう万に一つも命はないぞ、その時からいつ死んでもよかった。
しかし狙われて身辺に弾丸が乱れ飛んでも当たらなかった。
俺はどこかの神に生かされているんだなという気がした。いまだにそれが続いている。

昨年妹が車にはねられて死んだ。うんと元気な奴だったが運命はどうしようもない。
私もどんな死に様になるか自分で予測出来る訳は無い。神は私をいかに料理するつもりなのだろうか。
前立腺ぐらいでは無理なのでは。

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