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2011年4月 6日 (水)

私の小学生の頃

今朝は7度と暖かい。桜も安心して開花が進むだろう。
朝食事のとき、何度も聞く小学校時代の学芸会の話、万寿の姫と唐糸の物語、家内が唐糸の役だったが、肝心な舞台の日風邪を引いて出られなくなり、高木さんが急遽代役で出たという、またひょいとこの思い出話しが出てくる。

1ヶ月以上も練習したのに出られなかった悔しさが、家内の怨念として続いているらしい。
万寿姫の話、もう知る人も無かろうが、何か伝説でもあったのかと、お手の物パソコンで検索してみる。

どうやら講談社の創作物語らしい。起源らしきものはなさそうだ。
木曾義仲の女房唐糸が囚われの身となり、娘の万寿姫が頼朝の前で踊って賞賛せられ、褒美に何が欲しいと問われて母唐糸の赦免を願い許されて、、ともども郷里の木曽に帰るという話である。
静御前の話は有名であるが、これにヒントを得て作られたのかも知れない。

忠臣蔵の例にもあるように、何百年も経つと、作り話が事実のようになってしまうことは珍しくない。
伝説というのがそれであろうか。弘法大師のあちこちの足跡、源義経はジンギスカンだという話等結構面白い。

私も子供時分には学芸会、音楽会にはよく引っ張り出された記憶があるが、テレビもラジオも無い時代だから先生も参考がなくて、大変だったろうな。大江山とか、鳥獣合戦とかかすかに記憶がある。
今と違って一クラス55人も生徒がいた。写真が残っているから間違いない。
名前を憶えるだけでも大変だろうし、よく喧嘩したりして、言うことは聞かないし、むちで頭を叩いたりして怒っていたが、教えるということはただごとではないと子供心に思ったものだ。

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