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2011年3月 8日 (火)

李香蘭の歌声

今朝の夜中ふと目覚めると、李香蘭の歌声が聞こえる。
深夜放送のラジオからである。懐かしさに聞き耳をそばだてる。
同い年の元女優である。この人とも一期一会の仲かも知れない。もっとも森繁久弥とは違い、直接その謦咳に接したことは無い。いつも遠く近く眺めるだけである。

その最初は満洲映画本社がニッケビルの2階にあったとき、私の入社した(昭和15年4月)会社がその3、4階にあったため、ときどき袖すり合うことがあった。李明、白光など人気女優に混じって楚々たる小柄の姿が目立っていた。当時昭和15年日満合作映画「支那の夜」「白蘭の歌」などで日本語が堪能な女優として、日本、満州国では一躍著名となっていた。

翌年私は徴兵で関東軍に入隊し、幹部候補生として東京の学校に居た時、有名な日劇7周の観客動員事件を起こした。学校でも話題になり、同年兵の佐賀県出身の候補生が、俺は撫順の小学校で同級生だった、彼女はほんとは日本人だと言い出したので大騒ぎしたことがあった。
皆嘘をいってると信ずるものはいなかった。

ところが戦後になって山口淑子なる正真正銘の日本人とわかり唖然とさせられたわけである。
透明な美しい歌声に魅了させられたものである。最後は参議院議員になったりして、押しも推されもしない有名日本人だが、現在も元気でいらっしゃるのだろうか。1月私より若いのだから元気な筈だが、多少気にかかるところである。

夕べの歌声はやはり美しかった。最後の「何日君再来」は中国語の歌詞が特に印象的だった。

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