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2011年3月10日 (木)

陸軍記念日を知る人は

今日は戦前で言えば陸軍記念日であった。奉天会戦で日露両軍60万の大激突がつづき、損害双方その3分の1に達し、動きが付かない日本軍に対し、露軍が戦略的後方撤退をしたことで、一時休戦状態に落ち入った日である。
日本では勝った勝ったと大騒ぎしていたとき、現実に戦った大山巌総司令官、児玉参謀長はもうこれ以上戦えないと判断し、講話を政府首脳に具申した。政府も伊藤博文をはじめ首脳陣が前途をよく読んでアメリカに働きかけ、講話に持ち込むことが出来た。

最上級の判断が今度の大戦と違っていた。
国民大衆の意欲判断を越えて、その国をリードする政治家の判断が正しかった好例である。
一大教訓を投げかけた日といって間違いない。その教訓が大東亜戦争では、残念ながら生かされなかった。

勝った勝ったと旗を振った庶民は結局塗炭の苦しみをなめ続けなければならなかった。
未だに原爆、北方領土など悲願の苦しみが続いている。

今日本は政争に明け暮れて、外交などは蚊帳の外である。
世界をリードするかに見えた産業経済も砂上楼閣に過ぎなくなった。
期待するに値する人物は見えない。
安心してこの世を去る時期を逸した感が深い今日この頃である。

昨日送って来た文芸春秋に[同志菅直人よ、私はホームレスに堕ちた」という特集記事が載っている。面白い!
人皆それぞれの運命を背負っている。私はよくぞ乞食に堕ちなかった。

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