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2011年1月 9日 (日)

赤名峠

朝気温4度、刺すような冷たさは無い。灰色にすっぽりと包まれた空からは好天気は予想しにくい。
夜中じゅう膝が痛んで寝苦しかった。今朝はやむを得ず痛み止めを飲む。

神村君に昨日出した手紙をかくとき脳裏に浮かび上がった18歳の時二人で行った中国山脈越えの出雲への自転車旅行のこと、その情景をまた急に思い出した。

その時、親父が自転車屋から聞いて来て、とても自転車では無理だと反対した。
無理して無謀にも出かけたのだが、一日目の三次に到着したときには宿で歩いて部屋に入れなかった。

次の日の行程が難関の県境に立ちはだかる赤名峠だった。
麓の布野村付近から約10キロ車を押して歩いた。
この日は忘れもしない春休みに入ったばかりの昭和13年3月19日だったが、峠の頂上は雪が1尺もつもり難行を極めた。

既に前日足の痛みなどからお互いに不機嫌になり、口喧嘩が絶えなかったのだが、ここまでくれば、引き返すこともできないし、腹を決めざるを得なかった。
よく天下分け目などというが、この時がそれだった。

この時弱音を吐くのは私で、体力のある神村は毅然として意思を貫いた。
付いて歩くしかなかった。

それからの下りの爽快さ、特に頓原から8里半三刀屋までの坂道は自然に転がるように下った。(昔の国道には石の里程標がずーとあった)

あの赤名峠は今はトンネルになって、もう何度か往来した。何でも無い道である。
昔の道路はどうなったか、いつか通って見ようと思いながら今日まで実現出来ない。
インターネットで調べてみると、最近の峠道全体が詳しく写真入りで説明してある。
舗装はしてないが、十分通り抜けられそうである。
雪が溶けて5月にでもなったら出かけるかと又無謀にも思い募っているのだが。Photo

Photo_2

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