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2011年1月 6日 (木)

高峰秀子を悼む

朝7時半起床、気温2度。灰色の雲が覆っている。
膝の痛みは相変わらず、明け方にがって目を覚ます。

人の名前は随分前から思い出せなくなっていたが、最近所の名前や歴史上の地名、人名まで思い出せなくなった。ぼけが確実に進行しているようだ。
頭脳細胞が欠落し始めたのかも知れない。
昔年寄りに昔の話を熱心に良く聞いたものだが、この私にはとてもその役割は果たせそうも無い。孫どもが皆女で助かっていたが、ひ孫は男の方が多くなった。
もう私は役立たずだな。消え去るのみ。

高峰秀子が亡くなった。同じ年代の男の気骨を持っていた女性だった。
綴方教室以来の熱烈なファンの一人と自認しているのだが、甚だ残念である。
つい先般「高峰秀子の流儀」を買って読んで、その生き様に正に溜飲を下げた思いをしていたのに。
今朝の新聞にも評論が書かれている。数日前の産経でも追悼の辞が寄せられていた。ほんとにものの言える女優だったのに惜しいことだ。

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