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2010年12月 9日 (木)

戦記も師走とともに追い込みに入る

明け方一雨あったらしく庭先は濡れそぼっている。新聞は危うく濡れるのを免れてよかった。
7時半気温5度。
9時現在陽光さんさんとして悪い天気ではない。いつも恵まれた地方だとの実感に包まれる。
日の射し込むこの部屋では寒暖計は早くも20度に近づいている。

今朝も音楽のカセットからの変換をつづける。
ほぼ30時間単位にDVD1枚の割で、続けているのだが、いつまで寿命が持つことやら。

昼はアルパークに出かけ外食。
家内の買い物につきあって1時半帰宅。
風が強くて寒い。デパートが売り出ししていたが,客足はそれほどにもない。

午後になるとまた曇って来ていよいよ寒い。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その141)

その後敵機は2,3回来襲したが、いつの間にか来なくなった。
上陸後無線でツルブ基地よ交信を試みたが、発信機の具合が悪いようで発信がままならず、交信は不可能であった。

数日経つと艇にも赤錆が出始めた。吉田中尉以下13名の隊員は、この島での生活が長期になるだろうと覚悟を決めた。
海上また上空の監視はすべて住民が交代でやってくれた。1週間そして10日と日はどんどん過ぎて行く。そして住民たちの隊員たちに対する気遣いも日と共に親切の度合いを増してきた。廃船同様に痛んだ艇もそのエンジン周りはしっかりと整備を続け一部部品を交換しさえすれば、いつでもエンジンの稼動が出来るように努力を続けた。
一方住民たちは毎日艇の場所を偽装をする材料の伐採と運搬に協力してくれた。
ここの住民は全部で50人余でその生活は全く原始的な暮らしぶりであった。
ナンバーワンの酋長はすぐ判った。ナンバーツウもすぐわかったが、彼らにはナンバースリーはいないようで、そしてその他の者はすべてボーイと呼んだ。
そのうちに判ったことは、数は1と2だけでそれ以上はメニーの一言で済ましていることも知った。
又一方ではこの島では男性の呼び名はすべてボーイ、女性はメリーと呼ぶことなっていた。その他何をするにもカトカトといい、カヌーを作るのがカトカトであれば、魚を焼き料理をすることもカトカト、又バナナなどを焼くのもまたカトカトで済ます。このように一つの単語をいく様にも使い分けて使うので、言葉の数が少なく覚えるのに苦労しないですむ。これらの言葉で面白い事は、単にカトと言わずに必ず言葉を二度重ねてカトカオとダブらせることである。この語源はどうも英語からきているらしく、例えば切るの言葉カシはカットから来ているらしい。

前に述べたように数を数える場合はワン、ツーで以外はメニーで片付ける。そして沢山はメニー、メニーとダブらせて表現する。3個でも、10個でもメニーでありメニー、メニーであった。

彼らの生活の糧は椰子の木で家ごとに何本かの物を保有している。これは飼育している豚や鶏と共に大切な財産、いや貴重な食糧源である。従って各人別にどのようにして見分けるのか不思議だったが、他人のものと間違えることは絶対にないようだ。
所有権の識別能力は原始的人種には先天的にその能力があるのだろうか、かかる事は鋭敏な文明人の方が勝っていると思っていたが、実際は逆ではないかと思えた。
次は彼らの火の取り扱いの仕方であるが、文明人はマッチ、ライターの生活になれて、日常の生活はこれがないと火は起こせないと考えている。しかしここの住民は彼ら独特の方法で火を起こす。それはこの島の海岸には可なり遠い昔に流れ着いた流木が到る所に散在している。この枯れ木を拾ってきて火をおこすのである。それは、太い親木に親指大の当て木をあてて擦る。1,2分間これを擦っていると目の細かい粉が出来て、摩擦熱によってこの木の粉にポッと火がつく。そしてこの火を枯れた小枝に近づけ燃え移すという至極簡単な方法であった。(つづく)
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