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2010年12月 1日 (水)

書くことは何もない

昼間は20度にもなる暖かい一日。
音楽の再録に忙しく、何をする暇もない。
夕方にはくたくたである。
家内も旅疲れで、元気はない。それでも老人会が下旬湯来ロッジで開かれるので、連れを誘うのに忙しそう。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その134)

このツルブのナタモ秘匿基地は舟艇中隊のニューブリテン島最東端の基地となった。前に述べたように舟艇中隊はツルブからラエにかけ300kmの間に数箇所の基地を設置してこの間を往復していた。そしてこれらの基地に2乃至5号の無線機を装備していたので、各基地間、各艇間、各艇と基地間の連絡はよく取れていた。
しかしながら補給、整備、患者の手当て等については意のままにならず、所在の衛生機関の援助等を受けねばならなかった。なお、舟艇隊は分隊(組)単位に行動する事が多かったので、半年くらいはお互い顔を合わすことが無かったのは通常であった。

ツルブの兵団司令部の大島参謀は舟艇隊の面倒をよく見てくれた。フィリッピンのバターン作戦の際にこの中隊に配属され一緒に行動したこともあって、特に親しく世話をしてもらった。参謀はある時しみじみと「年をとるとのう、惰病になってのう」と感慨を込めて言われた。私はハッとして参謀の顔を見た。いかにも軍の参謀らしからぬ言葉に驚いた。その瞬間「アッハッハー」と大声で前言を取り消すように笑い飛ばした。その後暫くして私はブッシング基地にしたが、この時の大島参謀の朴訥な人柄の表れた顔が今も忘れられないのである。(つづく)
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