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2010年12月17日 (金)

年賀状に三春の老桜を

朝気温1度、終日ほとんど日が射すことなく寒い。
家に籠って、僅かばかりの年賀状を仕上げる。
予定通り30通を少し超えた程度。
はがきに載せた写真は4月に行った満開の樹齢千年の「三春の滝桜」の雪中景色。
人生を終わるにふさわしい風景かも知れないと、年賀状に仕立てた。

昨日テレビで見た小野田少尉の健在ぶりに驚嘆した。ああはなれない。
私より2歳下、同世代のがんばりを見ると心地よい。
昭和の傑物として後世に残したい。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その147)

次に食べ物の話になるが殆どの者が回教徒であるスンダ、アラフラ海周辺の住民が回教の戒律に従って角の無い豚、猪類は食べない。しかしニューギニア島周辺の住民にとっては,豚や猪などは貴重な蛋白源で豚を飼育し、野猪狩りをしてその肉を常に食べている。そして、彼らはこれらの豚類を食に供する前に、そのとさつに先立って必ずお祈りを捧げる。

海岸の広場に沢山の石塊が2m幅に敷き詰められ。、その上に流木の枯れ枝を山と積み上げる。豚が棒に括られ担がれてこの広場に到着すると、薪の両側に立ててある三叉の棒に括った豚の棒を掛け渡す。
おもむろに2,3人の者を従えた酋長がやって来て、架けられた豚に向かって暫く何事か祈っていたが、一言大声を発すると吊るした豚の前に立っていた青年が、先端を斜めに削いだ竹槍で掛け声諸共に豚の喉元を突き刺して殺す。溢れ出てくる豚の血は大きな椀に受け入れる。この椀の血が一杯になると先ず酋長の所に運ばれ、彼はこの椀を恭しく捧げゴクゴクと満足そうに飲む。椀はナッバーツウににまわされ次は周りにいる人々に順々に飲みまわされて行く。

この後つりさげられていた豚は燃え上がる炎に炙られ、棒を回しながら豚の毛を焼き丸ごとに豚の肉を焼き上げると、地面の焼けた石の上に降ろされる。吊るされたいた豚は真っ黒に焼きあがり、ここに豚の丸焼きが出来上がったのである。

すぐ焼き豚の棒は外され薪の燃え残りを外にかき出した後、その焼けた石の上に置かれた。暫くすると3,4人の住民が手に手に刀を持ってこの焼き豚を囲み、彼らはこの刀で見る見るうちに皮を剥き中の臓物を取り除いた。そしてこの豚の皮と骨が手際よく外され、また背中にあった白い分厚い脂肪も綺麗に剥ぎ取られ別の器に入れられた。
燃えきった薪の灰が落とされた後に、熱せられた石がころころと現れてきたので、その上に適当の大きさに切り分けられた豚が載せられると、じゅうじゅうと脂が溶けて肉の焼ける音がする。食欲をそそる焼肉の香りがあたりに溢れれてくる。酋長とナンバーツウの二人は部落の者全員に、更に細かく切り分けて与えた。特に子供たちは酋長から貰った肉を手にかざしながら嬉々として声を上げつつ方々に散って行った。女性たちも恥ずかしそうにその場にしゃがみこんで食べていた。

この様にして当夜のお祭り前景気は高揚していったのである。暫くするとあんなに賑やかだった広場も静まりかえってもう誰の姿も見えなく、その跡には僅かに焼いた石塊の余燼がたっているだけだった。(つづく)
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