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2010年11月 1日 (月)

人生紆余曲折あって当たり前

11月1日(月)晴れたり曇ったり
気温14度と昨朝より1度低い。
10時過ぎ家内が三島歯科に行くというので、つれて行く。
20分足らずで終わり、帰路スーパーによる。
今回で歯の治療は一応終わる。

昨日の千代の話では、その長女が大学を中退することにしたという。
体調が芳しくないらしい。元気で明るい子だったのに残念でたまらない。
人生は長いのだから、健康を取り戻したら復学の道も開けるだろう。本人が時間をかけて決めたことだから、とりあえずは仕方が無いな。

私の一生を眺めてみても、紆余曲折は甚だしい。学歴こそすらっといってるけど、その後の人生はもの凄い乱高下の繰り返しである。本人の意思なんかまるで関係がない。
これが人生というものだろう。
とにもかくにも90歳まで元気で生きてるのだから文句の言いようは無い。

過去はもういい、明日からが長いのだから、前をしっかり見定めて歩き直してほしい。
テレビなどで見かける障害児などの凄まじい苦闘の人生などみたら、物の数ではないと思うべきである。
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(平成20年吉田武中尉遺作メモから、今田勇編集著述「ニューギニア戦記」より)(その117)

上流に飛び去った敵機は反転して下流から再び攻撃を仕掛けてきた。ふと、崖下を見下ろすと艇に八木軍医少尉の姿が見えた。大声で「昇れ、昇れ」と呼びかけたが応答が無い。皆で夫々に大声で叫んだが彼はどうしても葛本上等兵のそばを離れなかった。敵機は退散し一同は艇に降りていった。軍医は無事で掠り傷一つ受けていなかったが、後々彼は患者に夢中で恐怖等殆ど無かったともいっていた。

次に話は変わるがこれは4月の中旬のことであった。前にも一寸触れたと思うがプブイ河沿いの舟艇秘匿基地の上空を南行する飛行機の大編隊を見た。高度約6000m位の上空を飛行していた。これは日本軍の飛行機だと直感したが、誰もが同じように日本の飛行機に違いないと言って喜んだ。
このニューギニア島に渡った当初ラエに海軍の零戦闘機が駐留していたが、間もなく移動したらしく今は友軍機は全く見られなくなった。みんな狂喜して上空を飛んでゆく友軍機を仰ぎ見た。十数機ごとに編隊を組んだ集団は続々とポートモレスビー方面に向かい飛んでいった。
隊員一同は久しぶりに日本の飛行機の姿に接し、明るく弾んだ気持ちになった。
(つづく)
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